雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

イギリスと日本

 誤解がないようにいえば筆者は英国が好きである。ただ、「行きたしと思へどもいぎりすはあまりに遠し」であり、大学生にとっては物価が高く、「やっと3日もらえるのが夏休み」なサラリーマンにとっては、欧州でも遠く、飯もうまくなく、冬の陽が短い国はどうしても候補から外れる。結局ロンドンを訪れたのは2度にとどまる。1度目はイランからロンドンに行き、サヴィルローのバーバリーで黒人の店員に丁寧な説明を受けた後トレンチコートを奮発して購入、2度目はF氏と「休みたいね」と言って結局動き回ったマジョルカ島の帰り、やはりピカデリーのバブアー(Barbour)で奮発してジャケットを買った。それだけだ。
 大英帝国が世界に覇を唱えた時代はとうの昔に過ぎた。それでも、英国でのEU離脱投票がこれほどまでに大きな関心を集めるのは。近代日本の第一の師であったイギリスに近しい感情を持つ日本人は依然多いのだと感じる。以下はいろいろなところでさまざまなに語られている分析へのわたし個人の感想である。

イギリスはおいしい (文春文庫)

イギリスはおいしい (文春文庫)

 イギリス本と言えば「イギリスと日本」という有名な(しかし古めかしい)同名の書がある。読んだのは、まだ生徒と呼ばれる時代だった。その後、林望先生の「イギリスはおいしい」もかなり流行ったように思う。黄版の岩波新書で森嶋氏が描いたのはサッチャーが登場する前の「英国病」に悩む英国であったが、サッチャーが登場した後の新著で、森嶋氏が彼女に対し極めて冷淡な態度を取ったことに当時、驚いた記憶がある。

その後、イギリスは北海油田の恵みを受けつつ金融、サービス業主体の経済に転じ(既に家電どころか自国ブランドの車など皆無に等しい)、サッチャー政権とその後の各政権がいわゆる「構造改革」を行ったことで外資を誘致し。。。というシナリオを描いた。日本人もバブル経済を経た豊かさの中で、欧州への留学、駐在などの機会は飛躍的に増えた。その中で、欧州で数少ない英語圏で大学教育の優位もあるイギリス(多くはロンドン)に滞在し、結婚などでそのままイギリスに住み着いた人も多い。
blog.ladolcevita.jp
イギリスがEU離脱した理由 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

さて、私がいくつかの海外駐在の中で思っていること。それは「人が知り合える相手というのは立場において限定される」という当たり前といえば当たり前のことだ。これは日本の転勤族でもそう。留学生であれば相手国の大学生、教師。駐在員であれば社内の現地スタッフ。通っている学校の先生。結婚であれば夫(とその知人)。。。日本国内ですら、地方某市に東京から出向した高級官僚が、「友達ができなくて。髪を切りに行く床屋さんと仲良くなったけど」とごちていたが、そういう面はある。人は大人になると、関心、話題などが自分と合う人間と付き合いたくなるし、限られた時間とスタミナの中でそれ以上を望むのは偶然でもないと難しい。
もちろん特派員は限られた知見ですべてを知っているように書かねばならないのだが、そういうわけでやはり、意識の片隅に「無知の知」をとどめおく必要があるのではないかと思っている。


 私の限られたロンドン体験。同期の特派員が移民街のポルトガル料理屋でつぶやいた。「この国には、半径1km以内の住民に大卒者が一人もいない地区、というのがあるんだよ」。
 ロンドン支局は中心部ピカデリーにある。英国人のスタッフもいる。「うちの支局のスタッフは貧困を原因とした事件が起こると『貧しさは努力の欠如だ。怠け者なんか放置していい』と言い切る。もちろん保守党支持。でも自分は外国人だけれれども、そうは割り切れない」と続けた。
 外国人にとっては定職ないし所属する学校があること(ないし英国籍の配偶者がいること)が滞在ビザを持つ条件だから、日本人がそういった地域に立ち入り、長期にわたって暮らすことは、ほとんどない。せいぜい知り合いの話として聞くだけだ。

 もちろん、労働者階級出身だから大学に行くことができないわけではない。奨学金もあるだろうし、英国は社会の中で格差についてもっとも真剣に議論を続けてきた国の一つだ。(英国はマルクスも住んだ「社会主義の祖国」でもある)。たとえば英国人のスタッフが指摘した「自己責任論」というのは、つまり枠組みとしての救済は既に存在している、そういった側面を指す。
一方で、21世紀になってもそういう地域が存在し続けているという現実があり、さらにインドパキスタンといった"Asian"や、東欧からの移民がそれを追い越そうとしている現状がある。そういう人がゴミ掃除をし、地下鉄を走らせているから、ロンドンの繁栄が存在しているのも事実だ。
 これほど欧州と近い距離にありながら、欧州連合の存在を意識せず(あるいは否定的な意識のみを持って)に暮らしている国民が多いのも事実だった。また、EUメンバーとはいえシェンゲン協定非加盟の英国の場合、入国審査は現存するし、ノルウェーやスイスのように、欧州の知られた先進国の中でEUに入っていない国がないわけでもない。それが「脱退」が可能だという言説を支えたのも事実だ。
 また、個人的な感想だけれども、ロンドンの金融街に集まるマネーの多くは、ロシア圏や中東、西アジアといった地域リスクがある(と思われる)場所に源を発している。アングラや迂回を含む形でこれらの地域の資金が、想像を絶する規模でシティに流れ込んでいる。今回の脱退で影響を受けるのは、英国人だけではないように思われる。

 実際のところ、英国経済の状況は、リーマンショックで打撃を受けたとはいえ、欧州他国と比べて決して悪くはない。問題はおそらく、「疎外」にあるのだろう。これはフランスにもあるようなのだが、フランスで疎外されているのは多くが票を持たない「移民」であったのに対し、英国で疎外されている中には票を持つ「国民」が含まれていた。そして移民や若者は今回、投票する権利を持たない。キャメロン政権は、おそらく少しばかり、経済成長の蔭で広がっていた「疎外」への目配り(警戒)を欠いたのだ。だから、国民投票という賭けが成立すると踏んだ。結果として、それは誤りだった。
 ただ、ルーマニアポーランドに医者がいなくなるほどに欧州連合(EU)世界から高度人材を集め、恩恵を被っているはずの英国民がなぜ不満を持ったのか。なぜ疎外が発生しているのか。その部分に思いをいたしている分析は余り多くないように思う。