雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

遠い太鼓に誘われて、ギリシャ、南欧を語ってみる

 村上春樹が南欧に住んだ時期を綴った「遠い太鼓」という旅行記があることを知ったのは、まだ内戦さめやらぬクロアチアにいったときだったから、もう20年前のことになる。自分が初めて欧州の地を踏んだのは厳冬のポーランドだったけれども、東欧研究者だったのに実は南欧が大好きだったという師に漏れず、中年の境に入りかけた私も、こよなく南欧を愛する人間になった。
 本棚に積まれたままになっていた文庫を、ギリシャ国民投票の日に手に取ったのは偶然だ。モスクワに向かう飛行機で読み切った。

 この文章をモスクワで書いている。大方の予想に(おそらく)反して、国民投票では、欧州連合(EU)と国際通貨基金IMF)が求める財政緊縮策に反対多数の結果が出たと伝えている。いまのギリシャ人は、古代ギリシャ人の末裔ではなく、むしろバルカン半島のスラブ系の影響力が強いから、ロシア人にも、かの国の行方はかなり関心があるようだ。

 地中海世界である南欧は、古代だけでなく近現代の歴史にも富む。しかし、資本主義の基準でいえば、「南」は今も昔も、ドイツや北欧の「北」に比べれば、より貧しい。けれども、21世紀の南欧。スペインであれ、ギリシャであれ、旅人ですら少し目をこらしてみれば分かることだけれども、日本の公共事業の感覚ですら「分不相応」にみえるような真新しい高速道路や空港が作られ、走っていることに驚かされる。

 そういった設備を使って、太陽に恵まれないイギリスやドイツから観光客を呼び寄せる。それは「北」からもたらされたEUなりの名義による公共的な資金によるものだけれど、「北側から」の論理ではあくまで「投資」であって、いつかは返済されることが期待されている。リーマンショックによって、EUの無限成長(拡大)路線がついえた瞬間に、これらの投資の返済は難しくなった。それは南欧の人々の責任だろうか。

 「遠い太鼓」はベルリンの壁があった時代、いまから30年前の作品だけれども、村上春樹が住んだギリシャといまのギリシャ人が、そのころと何かが違っているかといわれれば、別に大きく変わったわけではない。人はそう簡単に変わらない。彼が書いたように、ギリシャ人は(それぞれの力量とは別に)誇り高く、ギリシャの冬はアンゲロプロスの映画のように凍える寒さであり、気まぐれな観光客は夏にしか訪れない。
ロードス島のホテル経営者は「観光というのは本当にむずかしい仕事なんです」「ギリシャは観光資源に恵まれているんだから、観光をいかして立国すればいいと言います。でもそういう風に国家を作ってしまうのはとても危険なことなのです。ちょっとした偶発的な風向きの変化で国家財政が揺らいでしまうことにもなりかねない」と語る。つまりそういうことだ。旅行というのは、生活に余裕がなくなったときに真っ先に削られる出費の一つだから。

 人が作った制度や社会には、それぞれの事情がある、と思う。ギリシャ古代文明遺物にひかれて、人はその国を訪れるけれども、社会の事情は、むしろその後のこと、それは南欧の複雑な近代史、社会史と裏腹になっている。ギリシャの労働者保護法制は、軍政へのアンチテーゼから生まれたものだ。軍政は社会主義陣営と戦うために、欧米が持ち込んだものだ。その前はナチス・ドイツが占領し、その前はオスマン・トルコだった。19世紀の独立戦争ですら、義勇軍を組織した英国のバイロン卿ほか「北」からの熱狂、一方的ともいえる思い入れの下で行われたものだ。そういったものは常に、庶民の上を通り抜けていっただけだったのではないだろうか。いまだって、そうではないといえるだろうか。

 ギリシャはかつて海運で栄えたが、それに関わることのできない大多数の市民は貧しかった。貧しい社会では、人は、家族は助け合うものだ。年金をもらいながらまだ働いているシニアが、一族を支えていることも多い。公務員が多すぎてというけれど、末端であれ公務員になるにには有力者とのコネが必須だ。歴史が古い社会では、国自体を改革するのは容易ではない。門番の息子は門番になる社会だとしたら、人はそういう風に生きていく。
 確かに、立派な空港や立派な橋は「誰かが」作ることを望み、それを使って観光客が押し寄せた。でも、彼らの国では、その変化や「発展」は、大多数の人々にとって「どこか他人が」決めたものなのだ。自分のあずかり知らぬ、関わることのできないところで決まったものごとの「責任を取れ」といわれて、納得する人間が多いはずがない。それは「災難」だ、南欧で何度も何度も繰り返されてきた。。。

 南欧の人は働かない、という。それは一つの事実である。けれども、それはどこまで本当だろうか。夏は本当に暑く、日本の比ではない。まともに歩いているのは日本人をはじめとするアジアの観光客くらいだ。観光客が朝飯を食っているころ、人々はすでに起きて働いているし、暑さが和らぐ夕方にはもう一度残りの仕事をする。夕飯を食べるのは午後9時を回る。冷房のない時代にできた習慣である。いまも冷房のない場所は多く、必ずしも非合理なものとばかりは言い切れない。

 確かに夏休みは長いけれども、それは「南」の国に限ったことではない。「北」の国の労働者保護もより徹底している。ロシアですら、法定有給休暇は21日間で、完全に消化される。育児休業は3年ある。
 働かない南欧の人々を日本から「北」の人々のように笑ったとして、では日本の財政はギリシャ並みに危機的だと指摘される。では休まず働いている我々の富はどこに消えているのか?東アジアと欧州の「どちらが特殊」なのか。

 旅行記は日本がもっとも世界の中で豊かになった時代、バブル経済を目の当たりにし「消費のスピードが信じられないくらいドラスティックに加速された」時代からみた南欧の姿が描かれているけれども、それからやはり時を経て、日本の社会はやはり成熟し、より世襲的に、より保守的になり、旅にも出なくなった。

 ギリシャには、寒い冬も来る。