雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

流血の謎、「円卓」の合意(ウクライナ・メモ2)

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 キエフの平和的なデモが、流血の惨事となった記憶はまだ新しい。2月の中旬のことだ。「突然」発砲が始まり、デモ隊を中心に約100人が死亡したとされる。誰が撃ったのか。広場を見下ろすウクライナホテル(マスコミもみんな泊まっていた)から指示を出していたといわれ、狙撃の技術を持った組織に属する人間だったことは確かだ。「ベルクト」(イヌワシ)と呼ばれる政権側治安部隊(内務省特殊部隊)が行ったという説が、現在でも強く宣伝される。ベルクトはヤヌコビッチ政権側が創設したもので、いわゆるロシアのOMONとかアルファ、旧ソ連型の暴動鎮圧の訓練を受けている部隊である。クリミアを始め、与党=親露派が強い地域の出身者が多いとされている。
 12月の時点で広場を取り巻いていた治安部隊は、彼らとはまったく違う人々である。12月には大挙して広場の制圧を試みたが、部隊としてまったく練度が足りず、群衆の圧力に押されて押し返されてしまった、という日本に比べても優しい警察だった(苦笑)。
 流血の弾圧に発展したことが、最終的にヤヌコビッチ政権から民心を離反させたという点では確かに最も重要な点ではあるのだが、すでに政権崩壊という結果が出ている現状で、「誰が撃ったのか」だけに踏み込むことはここでは避ける。
 これに対抗して、野党側の強硬派、というか武闘派の「右派セクター(ウクライナ語でもそのまま)」「スバボダ(自由)」といった勢力が、撤退せず火炎瓶やら投石などで反撃した。しかも反撃にひるんで治安部隊が撤退するという、通常はなかなか考えにくい展開となったことが、結果的に政権を倒すことにつながった。12月に1回マイダン(独立広場)への突入を試みていたことが、デモ隊側に対策の時間を与えることにつながっていたことは疑いない。
 流血の事態を受けて、大統領と主要野党3党間でいわゆる「2月21日合意」が結ばれた。いまでもロシアが「2月21日合意に戻れ」という、その合意である。
 この合意は仏、独、ポーランド外相、露政府の人権オンブズマンのルキン氏(ラブロフ外相は参加していない)の立ち会いもとで結ばれたもので、簡単にいうと「挙国一致政府を樹立し、大統領権限の弱い2004年憲法を暫定的に復活させ、今年12月までに新憲法のもとで大統領と国会選挙を行う」という内容である。これはヤヌコビッチ政権としては「決定的な譲歩」だが、ある意味与野党が参加した「円卓」的な合意であったといえる。

 しかしこの後、事態は奇妙な展開をみせる。ちなみにソチ冬季五輪の閉会式は2月23日であった。

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 ここで注記しておきたいのは、限られた取材の中ではあるが、この2月中旬の流血の際に「誰が広場の前線に立っていたか」ということが、新政権が発足したキエフの現在の政治的空気を大きく決めているように思われることだ。

 流血の惨事になったときに、先頭に立って体を張ったのは、ロシアが「ネオナチ」と呼んでいる、ヤロシュ氏率いる「右派セクター」とスバボダの創設にも関わったパルビー氏らのグループであり、彼らが現在、国家安全保障会議を率いている。
 ロシアが主張するように彼らが本当に「ネオナチ」であるかはともかく、少なくともウクライナ民族主義者であることは明らかだ。彼ら右派が本旨をつらぬけば、いわゆる「ロシア語話者」(民族的な差がないので、母語によって政治勢力図を作っている)に対する圧迫が起こるだけではない(実際にロシア語を公用語化する法律が一回廃止された)。本来EU入りを目指すためには、民族的なマイノリティに対する公平な処遇ということも極めて重要なのである。彼らの力が増し続けると、親欧州派のデモによって発足した新政権によって、かえって欧州との接近を妨げるという逆説すら生まれかねない。
 しかし、そうはいってもである。いわゆる「武闘派」の力がなければ、ヤヌコビッチ政権を追いつめることはできなかったという「負い目」が、現在の政権力学に大きく影響を与えていることは否めない。
 一方で、本来、最初に集まったデモ隊が期待していたような「親欧州派」の穏健派はどうだったのか。現在首相を務める元銀行家のヤツェニュク氏は流血の最終局面には指導力を発揮できず、対外的に有名なティモシェンコ元首相は幸か不幸か獄中にあった。
 当初マイダンの占拠をリードしたクリチコ氏の「ウダル」は暫定的な新政権に加わっておらず閣外協力で「様子見」の状況。チョコレート会社の経営者で政治手腕に期待の高い(世論調査で来たる大統領選支持率トップ)のポロシェンコ氏も在野のまま、暫定的な新政権に距離を置いている。政権の行き詰まりで5月の大統領選までに新たな局面が起こると見込んでいるのだろうか。