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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

福島原発事故をめぐるコミュニケーション

政治・経済・国際 メディア

SNSへのコメントをまとめたものです。文体のずれはご容赦】
 正直言って理系研究職の対世間コミュニケーション力が低いのは今に始まったことではありません(笑)。ノーベル賞研究者の”変人”ぶりが受賞の際にほほ笑ましく語られるように。そういうものだし、それはそれでいいんです。
しかし、そういう研究内容がいったん「世間」と接する際には、その周辺の「理系が分かる」人たちが支えなければいけないはずです。たとえば一般的な例を挙げれば、東電経産省、業界団体、首相官邸、大学関係でもいいですが、技術広報といった仕事クラスタに属する人たち。科学技術コミュケーションをつかさどる人たちという言い方もあるようです。今回の原発事故ではその辺の動きが今回実にまずく、あるいは機能せず、結果的にデマやパニックを呼んでいます。一部の反原発運動にこれまでも深く関わってきた人を除いて、原子力工学者が学会レベルで広報に立ち上がったという話も聞きません。
 まあこんなケースはめったにないので練習できるものでもないですが、重要なのは結果です。これまでに広報予算も獲得してきたはずです。最もこの種の仕事が必要とされる危機的な事態に際し、準備がなかったのは明白です。

 原発はサイエンスですが、事業でもあります。立地する町村の住民、現場で働く人多数、「一般市民」との接点なしに成り立たない技術です。自分がイメージする”一般市民”は、政治で多数決のキャスティングボートを握る、簡単に言えばおばちゃん達です。この人達を納得させられなければ、現実的にどれほど正論を述べても日本で政策を進めることはできないのです。
今回の事故後の状況を受け、この人達の(リテラシー)レベルを上げる必要があるという議論があり、これには一理あります。しかしこれから世代単位の時間がかかるります。たとえば初等中等教育における理科教育と社会科学教育の抜本的なレベルアップが必要ですが、今回は、今後の原子力政策を再構築するまでの判断時間を考えても全く間に合いません。
 しかも、今回はおばちゃんだけではなく、たとえば文系の大学(大学院)を出ている、生活・知的レベルの高い人も完全にデマに取りつかれていて、実際に複数の相談が私のところに来ました。なので、これは全社会的パニックの危険ありと思いました。

世の3分の2以上は文系なので、理系の専門家集団だけで議論が通ったところで多数決で必ず負けます。住民投票原発誘致が決定したケースはいままでにありません。確率的な安全論は「世間」では通らないんです。原発作るときの地元説明会で、「津波想定が●メートルで、それを超える確率は×%。全電源喪失メルトダウンする可能性?もちろんそれは存在しますが、想定している確率は10のマイナス何乗です」と技術者が”誠実”に話しても、賛成する住民は一人もいないんです。
「リスク想定を越えただけでしょ」と専門家がいま言ったとして、いままさに報道されているように周辺の一般市民にはこれまで「絶対安全」と(文系が)絶対に説明してたはずで、その人達の怒りはどうあっても収めようがない。
 データだけを忠実に公表しろと。数字確率と評価だけでいいというのも一理あります。しかし「原発が今後どうなるか向こう半年、正直なシナリオを教えてくれ」と市民の要望があったとします。その際に確率はすごい低いが、再水素爆発とか再臨界とかも忘れずに説明すべき、書くべきでしょうか。書けばその部分だけ独り歩きするのが明白なのに。しかしメディアが書かないと報道管制だと思われますよね。実際思われてるわけですが。

 「東電保安院はウソばかり」なのでしょうか。ニューヨークタイムズが米エネルギー省長官の話として、4月1日に「1号機の燃料棒の7割損傷してる」と報じ、日本のツイッターで流れました(日本のメディアも翻訳してます)。研究者の方が「どうして日本は発表しない!」と言っていたのだけど、東電は実は2週間前の記者会見できちんと答えてるし、それも記事になっている。
 でもプレスリリースにはデータを載せてない。東電は「7割損傷」の意味は「7割に何らかの(ちょっとした穴があいたり)損傷がある可能性、あくまで推定の評価」という説明をしたそうです。でも記事を読んだら、普通の人は棒アイスが7割溶けている絵を頭に描きます。東電はおそらくそれを見越してプレスリリースに載せないのでしょうか。
 こういうアプローチには私はもちろん批判的ですが、そういう考え方が当局に根強く存在しているのも事実です。
 「正確なデータを即座にリリースで公開すべき」というのは簡単です。それで研究者は満足できるかもしれませんが、それが今の日本社会でパニック被害を一番小さくする方法なのか、それは私には正直、分かりません。記事を書く側も悩んでいて、それがいまの、専門家も市民もどちらも満足しない報道になっているのかもしれません。

 もう一つ、放射線量が高い地域が自宅待機地域や避難指示地域の外にあります。「米国基準で、半径80km避難させてリスクを極小化すべき。今すぐ指示を出せ」と広域避難論を熱く語る専門家の方もいらっしゃったように思います。それは放射能防護という点ではまったく正しいのかもしれません。
 しかし地図を見れば80キロ圏に30万都市が3つあります。電車はまだ不通です。100万人以上を避難させるのに何台のバスが必要で、避難先にさいたまスーパーアリーナ何個必要なんでしょう。自家用車で何時間道路が渋滞するでしょうか。降下した放射性物質で死ぬリスクは下がるでしょうが、避難中に暴動が起こって死ぬ危険の方がはるかに高いのではないでしょうか。日本は全体主義国家ではありません。市民は、軍人でも警察官でもありません。子どもも病気の人もいます。動けといって、もういい帰れといって、すぐ動ける人ばかりじゃないのです。
 こういった方はその道の専門家なんでしょうが、しかしそういう社会工学の算数もわかっていないわけです。どうなんでしょうかと思わずにいられない。そんな議論がそこら中で沸騰しているわけです。