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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

「ムスリム同胞団は何を目指しているのか」を紹介します

政治・経済・国際

 中東専門家の方ではないようですが、非常によく分析しておられるブログのエントリを見つけたのでご紹介します(結論は違うけれど)。「ムスリム同胞団は何を目指しているのか?その方針と政策のまとめ」

 ムスリム同胞団について、非常に簡にして要を得た説明がなされていると思います。わたしと結論がかなり違うのは、おそらく社会観が違うからなのでしょう。ここでは氏の意見を尊重させていただいた上で、コメントを記します。

 ムスリム同胞団が政権加入することでイラン化を懸念する声もあるようだが、イランとイスラーム主義とは決定的に違う点がある。イスラーム主義はイスラーム法(シャリーア)に基づく統治を目指すが、イランのような「イスラーム法学者による支配」は明確に否定している。

 イスラムの専門家ではないのでイスラムの教義解釈自体に踏み込むつもりはないが、確かにイランは「イスラーム法学者による支配(ヴェラーヤテ・ファギー)」を行っている。
 ただ、そうでなくても、たくさんの高位聖職者による解釈の中で、実定法で「イスラーム法」についてのどの解釈を採用するか、ということは最終的に政府が決めなければならないはずで、そうしなければ行政が回らない。氏が指摘されているように、イスラム解釈にはさまざまな潮流があり、その中でコンセンサスが得られるのには気の遠くなる時間がかかるから、政府における実定法解釈は、結局その前に「誰かが決める」のだ。

 逆に、イランにおいても、刑法を含めて、すべてがイスラム法で決められているわけではない。たとえば、利子を取る「非イスラム的金融」が国立銀行によって堂々と行われてもいる。しかし、だからといってイランが「イスラム国家化していない」ということはないのだし、その過程で、西洋的な意味での「社会の自由」の多くが失われる結果が生じた。
 実際、政治的な意思決定のプロセスには社会のあらゆる側面が反映するので、「こういう制度だからこうなる」という議論にはそぐわないように思える。

 同胞団幹部の一人がイスラエルとの平和条約破棄うんぬん発言が話題になっているが、要するに古い同胞団の方針を踏まえたリップサービス的な失言で、こういう例えが適切かどうかはアレだが、「政権交代が目前に見えてきてサンプロ田原総一郎に乗せられてうっかり口を滑らしちゃった渡部恒三(まぁ菅直人でも仙谷でもいいですが)」ぐらいのイメージで良いのでは。いざ選挙となったときに、ちゃんと現実路線に政策をシフトさせないと支持を得られないのは明白なので、今のところは気にする必要はないだろう。

 重要なこと。首都カイロの中心タフリール広場で叫ばれていることは、確かに西欧的な「民主化」が多数を占めているのは間違いない。しかしあの広場を離れ、あるいは首都カイロを離れ、都市部を離れてみたらどうだろうか。
 権威主義体制のかの国で、自由選挙と公正な世論調査が行われたことはかつて一度もない。マニフェスト…。選挙公約は先進国の日本ですら守ることができず、政権党によってどんどん破られている。
 「現実路線に政策をシフトさせないと支持を得られないのは明白」というコメントは、無意識のうちに情報過多の日本や欧米のイメージをエジプト社会に投影していないか?対イスラエル和平条約の継続に、ほんとうに全国民的な支持があるのか?全国民の三分の一が読み書きができない社会であることも忘れてはいけない。

 全国民を通してみたときに本当に「"西欧的な"自由社会」を求めている人間が多数派なのか、はたまた「穏健派=漸進的な改革路線」が本当に支持を得ているのか。それはふたを開けてみなければわからない。
 西欧というモデルがあり、はるかに見通しが立てやすかった東欧の政治変動でさえ、「革命」後の第1回目の選挙結果は、すべての識者の予想を完全に裏切る結果だったことは覚えておきたい。
 30年前のイラン革命でも、左翼も、リベラリストも、イスラム主義者もすべてが革命に結集した。米国でさえも当初は革命運動に宥和的だった。革命後の混乱の中で、左翼も、リベラリストも粛清の対象となって消えていった。ある専門書は、革命は「裏切られた」と表現する。
 なぜ欧米から見ても当時のテヘラン市民からしても「過激に」見えたホメイニ派だけが権力闘争に勝利しえたのか、そこはもう少し慎重にみなければいけないと思う。*1
 革命(政治変動)を起こすのは確かに大変だが、変動後に民主主義(穏健イスラム主義でもかまわない)を定着させるのは、さらに難しい。1回の自由選挙ができたからといって、2回目ができる保証はどこにもないのだ。

*1:一つの要因は、イラクとの戦争に突入してしまったことと、イスラム勢力だけにホメイニ師というカリスマが存在したことだと思われるが、全国民的に見れば、イスラム勢力の主張を支持する人間が実際に多数派だった可能性もある。