雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

エジプト政変を巡るメモ2

 朝起きて3つの書き込みが気になったので、コメントを「メモその2」にしたいと思います。

  1. FiFi「エジプトの夜明け〜新たな一頁へ」
  2. 「イスラエルとの平和条約破棄」=新政権主導へ意欲―エジプト・ムスリム同胞団
  3. なぜアラブの革命精神を恐れるのか?

 書いていることは全く正しい。けれど、それぞれを単独に読んだだけではまったくの誤解が生じる可能性があると思う。
 1はエジプト出身の方のブログ。こういう議論はアラブ域内でよく聞かれるので、あくまで代表例として。

  • 「デモがなぜリビアで起きなくてエジプトで起きているのか」。それはリビアの方が体制の抑圧がはるかに強いし、石油のあるリビアには相対的に貧困層が少ないから、と考えるのが自然だと思う。ついでにいえば、社会が組織されていないのは親米であろうが反米であろうがほとんど変わりはありません。
  • もう一つ「親米(親イスラエル)の独裁だから嫌い」。この議論は、「反米独裁ならいい」という議論の裏返しになっている。それは例えば、リビアの独裁は反米だからいい(すでにリビアは米国と国交回復しているけれども)のだ、という論理展開に通じていく。

 中東の反米、さらにエジプトのような人口の多い国を想定したときに、まず語らなければいけないのは、どうしてもイラン革命になる。
 スンニ派とシーア派の溝は、民主主義と独裁の間よりも深いと考えられる場面もあるし、地中海諸国のエジプトと湾岸の奥にあるイランとは地理的文明的な相違も大きい。なので、イランとエジプトをパラレルに考えるのはかなり危険なのだけれど、あえて踏み込んでみる。

  • イランのイスラム革命とそれによる体制は少なくとも30年続いている。「選挙のある権威主義」として前向きに評価すべきか、あるいはとうてい民主主義とはいえない体制なのか、一昨年の大規模デモで重大な問題をさらしてもいるが、とにかく続いている。ムバラク体制もそう、日本の自民党政権もそう、プロセスが何であれ、一世代の継続はそれなりの安定といえる。
  • イランが反米で居続けられている理由はただ一つ。莫大な石油収入を、油田国有化と革命によって自国内に投下できるようになった、ということにつきている。もともと国民から税を取らなくてもやっていける国なのだ。一方エジプトには石油はない。あるのは、単純計算でGDPの1割以上、関連産業を入れればもっと大きい規模の観光産業だ。
  • メモその1で、エジプトで現在、単純に完全に民主的な選挙をしたら、恐らくムスリム同胞団主導のイスラム主義政権ができるだろうと書いた。仮にイスラム国家が、その原則を厳密に適用すれば、ピラミッドは非イスラムの遺跡だし、スフィンクスに至っては偶像崇拝かもしれない。ミイラ…。イスラム勢力の影響が強い政権ができたら、カイロ博物館を閉鎖するとか、そこまで行くことはさすがにないだろうけれども、シャルムエルシェイクで欧米人の男女が仲良くダイビングの後、ビールを手にベリーダンスを楽しむという光景は、少なくともはかない夢と消えるしかない。*1米国の援助も消える。どこが援助するのか。シーア派のイランの援助を受けるほど、エジプトは落ちぶれていないと多くのエジプト人は考えるだろう。

 今回のデモで立ち上がった動機の一端には、経済と生活の改善要求があるのだとされる(決してエジプト人は「何不自由なく暮らしている」わけではない。そういう富裕層は、ほんのごく一部にすぎない)。ならば、その貧しい人々は(仮に分配がより平等になるにしても)、欧米との関係悪化に伴って、さらに多くのものを失うことになるし、「世俗」をやめるのだから、コプト教徒など非イスラム勢力に対する抑圧が強まることも避けられないだろう。
 では何のための”革命”なのか。ここに中東における産油国と非産油国の決定的な違いがある。
 さらにいえば、エジプトにおける親米・親イスラエル政策は間違っているのだろうか。イランが反米でいられるのは、イスラエルと遠く離れているからだ、と皮肉混じりに解説した人がいる。イスラエルとエジプト軍が本気で戦うことになり、第4次中東戦争のように一時的であってもエジプトが勝利を収めると考える軍人は、さすがにエジプト軍の中にもほとんどいないだろう。たとえどんなに孤立した状況でも戦闘ではイスラエルが勝つ。そのくらい今のイスラエル軍は強い。

  • だから、為政者が感情でなく理性で考えれば、親欧米で当たり前、イスラエルと平和条約を結ぶのは「倫理的に正しくなくとも合理的」といえる。

 その前提で2.のインタビューを読んでほしい。ムバラク氏の退陣後、軍がクーデターを起こさず、「本当に民主的な」選挙を行い、ムスリム同胞団が勝ったとしよう。
 これまでの前提を知った上で、彼らが今後政権を掌握し、さらにこの主張を"本当に押し通す"のならば、一気に中東危機が高まる、という見通しが理解されると思う。しかしイランで起きたことを知っている軍首脳は、本当にムスリム同胞団の政権掌握を容認するのだろうか、それも分からない。

  • 最後に3.の記事を引用する。

ここが正念場なのだ。10年前のアルジェリアでは、自由選挙の容認によって権力がイスラム原理主義勢力へも平等に分配されたが、今回もそうなるというわけではない。もしムバラクが去った場合、体制を引き継ぐことができる組織的な政治勢力が存在しない、というのが、リベラルの一方の心配の種だ。もちろん、そんな政治勢力は存在しない。

  • 世俗軍政の受け皿は、リベラルな民主主義者ではなく、イスラム主義になる。それがアラブの現実だ。*2。現実に、開かれた選挙で市民の支持を受け、ガザで政権を握っているハマスがやっていること、それは反対派の抑圧だ。「民主主義のルールを唱えて、ひとたび政権を握った体制が民主主義を抑圧する」という場面が歴史に時々現れる。
  • 大衆的な基盤を持たない国外在住のエリート、たとえばエルバラダイ氏がいる。彼がかりに自由主義者だったとして、おそらくムスリム同胞団が政権を握れば早晩消え去るしかない。ちょうどイランのバザルガン=バニサドル暫定政権のようにである。いったん"革命"が起きてしまえば、最後にものをいうのは組織力と動員力しかないからだ。

*1:ちなみに、カイロでベリーダンスを踊っているのは信仰篤いエジプト人ではなく、キリスト教徒?のレバノン人が多い。

*2:わたしはイラン、トルコ、レバノン、シリアにはある一定の条件の下で民主主義成立の可能性があるかもしれない、と考えているけれど。