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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

エジプト政変を巡るメモ1

政治・経済・国際

 日本国内ではものすごいレベルの高い話と、ものすごく何も知らない人が混在している今回の中東政変劇。

  • まず、エジプトが「強権独裁体制」だというけれども、果たしてそうか。中東、特にアラブ圏の中でエジプトといえば部分的ながら野党の存在が認められ、ネットも自由に使え、風紀の規制が緩やかな”自由な”国。外国人ならしかるべきレベルの店で酒も飲めるし、どう考えても「イスラム的」じゃないベリーダンスも見られる。最も「不自由な国」サウジアラビアからエジプトに息抜きに来ていた人がどれだけいることか。西側の基準をそのまま当てはめて「価値の外交コミットメント」をすることに、この地域でどれだけの意味があるというのか。
  • この前までドバイではミクシィが見られなかったし、カタール、さらに先に行けばなおのこと。クウエート、イラク、サウジ、イランでは表だって酒は飲めない。電話は盗聴されてる(だろう)し、それが中東の標準だとすれば、エジプトは反体制勢力は抑圧されていたけれども、観光で金を稼ぐためとはいえ、西側に窓を開いた「かなり自由な」国であった。
  • 中東にはさまざまな国があるが、大きくわけると
  1. アフリカのマグリブ諸国…モロッコ、チュニジア(以上非産油国)、アルジェリアリビア産油国)ほか。イスラム教スンニ派。産油国はかなり人口が少なめ。
  2. エジプト…石油はほとんどないが、人口は最大規模、イスラム教スンニ派。アラブ民族主義系譜に属する世俗政府で、ちょっとコプト教徒(キリスト教の一派)もいるので、豚肉と酒が入手できる。*1
  3. トルコ…石油とれず、人口多い。トルコ系であり(クルド人を忘れてはいけないが)アラブ人国家ではない。「世俗民主主義」が比較的定着しており、今回の政変とはとりあえず関係は遠そうだ。スンニ派。
  4. レバノン・シリア…石油なし。人口はそれほどないが、アラブ文明で歴史的思想的に中心的役割を果たしてきたといえる地域。シリアはスンニ派が多いが、レバノンではヒズボラが勢力基盤にするイスラム教シーア派(イラン、イラクと同じ)と、ワロン派キリスト教徒が三つどもえ(シリアにもシリア正教が存在している)。さらにいうと、シリアで強権政治を行っているアサド大統領(2代目はイギリスの歯医者から帰国した知英派であるが、体制は変わっていない)はイスラム教アラウィー派でスンニ派ではない。以前シリアで大規模な宗派対立が起こって、大粛清が行われたことがある(ハマの虐殺)。
  5. 湾岸諸国(サウジアラビア、イエメン含む)…日本で知名度の高いドバイ、カタールを含む。石油が豊富な国が多く(少ない国もある)、人口は少なく、ゆえに生活は比較的豊か(外国人労働者は搾取されているけれど)。ほとんどがが王制で、シーア派庶民が多いバーレーンを除いてスンニ派。石油ビジネスを通じた親米・親英国家が主体。
  6. イラク…戦争したばかりで問題多しだが、民族的にもシーア派がやや多く、スンニ派がやや少なめという点で特殊。人口は多いというほどではないが、石油あり。現在はシーア派政権でアメリカとイランの影響力が拮抗しつつある。
  7. イラン‥中東唯一のシーア派大国。石油たくさん。ついでにいえばペルシャ人であってアラブ人ではないので、中東ではいつも孤立、ないし孤高(これは価値判断の問題だが)の存在である。わたしはイランをある種、ユーラシア大陸の「島国」だとみるのがよいと考えている。
  • エジプトはイスラム教、今後のこともあるのであえてスンニ派と強調しておくけれど、信仰の厚い国である。どんなに開明的なインテリであってもかならず職場でお祈りをするし、金曜日にはかならず外(モスク)に行って礼拝をする。宗教原理主義といわれるイラン(シーア派)の信仰の薄さとは対照的だ、といった人がいる。そうかもしれない。
  • お祈りをするかどうかは個人の内面の問題であるけれども、イスラム的に見解が一致している"人道"問題について、ほんとうに「民意を反映した=イスラム教としてのの倫理に篤い」政権ができれば、政治的対応が大きく変わっていく。その最大の問題がイスラエルとの関係だ。
  • イスラエルと国交のある中東の国は、トルコ、ヨルダン、エジプト、あと遠く離れたマグリブの国少々くらい。湾岸諸国でもカタールあたりは少々のコネクションがあるが、ほかは断交状態。この3国の中で、隣接するのはヨルダンとエジプトの2つ。和平条約を結んでいるエジプトが即座にイスラエルと断交するというのは考えにくい(思慮深いイスラエルの人はすでに想定していると思うが)。しかし、「人道」問題、たとえばイスラエルとエジプト双方が境界を接しているパレスチナ自治区ガザ。イスラエルはここを支配するハマスイスラエルと武装闘争中)と敵対しておりガザ地区を封鎖。エジプトはこれまでこれに協力してきた。
  • しかし、「エジプト人の民意」をまっとうに反映すれば(だって「反映しろ」と欧米も言い出してるし)、さらにいえばハマスはエジプトの最大(非公然)野党勢力であるムスリム同胞団と同根だったわけであって、エジプトのいかなる「新政権」もガザの封鎖に協力する可能性は低い(エルバラダイ氏の名前に過大な期待は禁物だ)。
  • ガザが封鎖されなくなれば、ハマスは一気に勢いづき、おそらく今のパレスチナ自治政府を構成するファタハを打倒するだろうし、少なくともイスラエルへのロケット攻撃はまちがいなく拡大し、おそらくはイスラエルはふたたびガザに侵攻することになるだろう。そうなれば、ハマス増長のきっかけを作った形になるエジプトとイスラエルの30年以上にわたる「奇跡的な友好」関係は風前の灯となる。

 と深刻に書いたけれど、実はここまではほとんど想定内の話。さらに大胆に想像すれば、次に飛び火するシナリオの中で、もっとも危険なストーリーはシリアの場合だろう。万一(と書いておくけれど)、シリア内政に飛び火するような事態になれば、イエメンやヨルダンどころではない、ガソリン1リットル300円も十分にあり得る危機の可能性が生じると考えられる。

*1:余談だが、私にとって、東方教会というのはいま、とても興味深く思える存在。