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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

日露外交、そして…。

政治・経済・国際

 11月14日付日経新聞朝刊。政治部の記事は「見てきたように書く」傾向が強すぎて、現実のトーンと懸け離れているケースもあると思うが、この場面が真実だとするといろんなことが腑に落ちる。日本外交がどうこうというわけでなく、情報に基づくビジネスはかように難しいということ。

 その経緯は今月初めにさかのぼる。大統領の国後島訪問で衝撃が走った後の3日夜。首相官邸の執務室には、苦々しい顔で座る首相を囲み、気まずい空気が流れた。集まったのは仙谷由人官房長官ら数人。緊急帰国を命ぜられた河野雅治駐ロシア大使の姿もあった。
 大統領が国後島を訪れるとの観測記事が流れた以降、日本の外務省は一貫して「訪問はない」と報告し続けた。それを信じた官邸は強いメッセージも出さず、無策のまま訪問を許してしまった。
 「どういう分析であんな報告をしたのか」。官邸側が問い詰めると河野大使は答えた。「ロシア外務省がそう言っていました」。その瞬間、首相は血相を変えた。「じゃあなぜ状況が変わったと思うんだ」。大使の説明はしどろもどろとなり、ついに「私はあまりロシアに詳しくないので…」と口走ると、ついに仙谷長官の怒りが爆発した。

 訪問話は日本だけでなくロシアでもかねて報じられていたから、情報不足というよりは、集まった情報から結論を導き出す分析が間違っていたということではないか。
 「訪問はない」と決め付けず、(責任回避だが)両論併記で報告するという方法もあっただろう。がそうはならなかった。大使が「ロシアに詳しくない」といったところで、自分で細かく情報収集しているわけではないし、必ず「専門家」が関与していたはず。
 記事中のやりとりが正確だ、という前提でいえば、おそらくロシア外務省の中に「訪問はない」といった人がいて、それを聞いてきた人が大使館にいる。その報告が「専門家」を経由して上がってきて、大使はそれを信じたということだろうか。ただロシア国内の政治力学の中で、その(ロシア)人の意見は採用されることはなく(あるいは何らかの理由があってその人は完璧なウソを述べたのかもしれない)、現実に大統領は訪問に踏み切ったと。

 このテーマと直接関係ないという前提で余談を1つ。
 中東で仕事をしていて思ったことだけれど、現地スタッフを使うにしても、自分で現地の言葉ができないと、どうしても情報へのアクセスがかぎられる。国によっては英語でほとんどの情報が取れてしまう国もあるが、やはり言葉はできるに越したことはないし、言葉ができる地域専門家はとても重要だし、尊敬も受けるべきだ。日本は立ち遅れているけれども、まともな組織はお金をかけて人材養成につとめてもいる。ここまでは正しい。

 半面、地域専門家は「ミイラ取りがミイラになる」リスクから無縁でいられない。地域研究者は相手の国を愛せなければつとまらないが、相手の国をよく知れば知るほど、それゆえに相手側のロジックにからめ取られる側面がある。
 「相手が言っていること、そのバックグラウンドが分かる」し、地域に「思い入れもある」。がゆえに、いつのまにか「こちらの意志を相手にどうやって伝えるか」ではなく「向こうの思惑を日本が理解してやるべき」と主張し、いつしか先方の利益だけの代弁者に堕している”専門家”。
 ひとたび交渉ごとになると、こういう人たちは「何も知らない」よりたちが悪い。なぜかとりわけ、日本の地域専門家はその傾向が強いように思われるがどうか。