雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

「新聞を読む組織」の必要性

 といっても、新聞読者の団体というわけではない。
 北海道新聞高田昌幸さんによる「ニュースの現場で考えること」「しかし、どうして?」を読んだ。高田さんは新聞協会賞を受賞した大ジャーナリストだ。しかし、現職特派員でもある高田さんがいう、「あらゆる勢力からの独立」は、こと国際報道について言えば、これまで実現されたことは一度もないし、さらに言えば、ますます実現が難しくなっているのが現実だ。
 国際的報道機関として「政府からも独立」し、一定の自己完結した取材機能を持っている組織は、実は世界に3つしかない。AP、ロイター、CNNの3つで、いずれも英米系の「アングロサクソン」メディアだ。BBCですらワールドサービスでは英国政府から多額の補助金を受けているし、世界3大通信社のAFP通信は、フランス政府が半額近くを出資する「半国営」。NHKは英語で24時間ニュースを始めようとしているが、彼らが使う映像自体そのものが、APやロイターの供給がなければ成り立たないのが現実だ(例えばNHKは広大なアフリカに特派員がいない。いても1人か2人で、生のニュース映像取材を網羅できるはずもない)。
 さらに言えば、上記の3つの”独立”メディアのうち、APは米新聞社の経営危機の波に洗われ、ロイターは長年続けてきた一般ニュースの赤字を金融・為替相場情報で埋めることがかなわなくなり、情報サービス会社のトムソンに買収され、傘下に入った。CNNの報道に米国のバイアスがかかっているなんてことは言うまでもない。
 確かに高田さんが駐在する英国には「報道の自由」がある。ネットで見ていても英国の新聞記者は「自由に作文しているなぁ」と思うが、彼らのコラムや記事がよりどころとしている情報、写真、映像のほぼ全てが、上記の「寡占」体制からもたらされていることを忘れてはいけないと思う。
 世界の人口の過半数が、民主主義とは言えない体制の中で暮らしている。「国際報道」の業界では、近年、伝統的な「アングロサクソン支配」がネットの普及で掘り崩されつつある中で、権威主義国家の国営メディアが積極的な挑戦を仕掛ける構図が生まれている。アフガン、イラク戦争で名を挙げ、いまや中東を代表するメディアになりつつあるアルジャジーラは、産油国であるカタール国王個人が所有する。
 中国国営新華社は大使館の中に多くの支局を構えており、英語報道の増加が目覚ましい。支局を186に増やし、ほぼすべての国に設置する計画だ。投じられる予算は最大150億元(約2000億円)と伝えられる。新華社の支局しか存在しない国では、その国で大きなニュースが起きれば自動的に新華社の「特ダネ」になる。
 同じく世界中に多数の支局を抱えるロシアの国営通信社の主要な顧客は、新聞などのメディアではなく、ガスプロムなどの国営石油・ガス企業体だという。
 彼ら国営メディアを「偏向している」と切り捨てるのは簡単だ。しかし、情報というのは本来、誰が報じたかで価値が決まるものではない。国営メディアが特ダネを連発し、さらに格安(国営なのだから採算性は考慮しなくて良い)ならば、顧客はそちらになびくのがむしろ自然だ。
 たとえ多少のプロパガンダが含まれていたとしても、影響力が大きくなれば、有力政治家を初めとしたニュースソースが独占取材の便宜を図ることも増える。特にアジアのメディアにとって「不採算」な分野、中東アフリカや南米などでは、近い将来に彼らの優位性はおそらく圧倒的なものになるだろう。

 海外に住むと、自分が「日本語を母語とする日本人」であることを否応なく意識する。海外に住む日本人として、日本の最大の強みは、「日本語で世界中の情報が手に入り、学習し、研究し、ビジネスができ、世論形成ができる」ということだ。それが日本の植民地化を防ぎ、発展を支えてきた。
 現在、日本メディアにとって海外報道は「不採算分野」の典型。新聞の国際面は2→1→半ページとどんどん減っているし、縮小ぶりはマスコミの経営が厳しくなったここに来てさらに顕著だ。
 しかし、日本にとって本当にこれでよいのだろうか、という疑問はぬぐえない。*1
 イラク戦争の失敗をみれば分かるように、穏当な対外世論を形成するためには、日々の地道な情報収集が必須だ。情報がなければ、報道はできない。
 相手が民主主義国でなくとも、否、民主主義国でないからこそ、現地に住んで、毎日現地の新聞を読み、テレビをチェックすることが基本になる。情報が少ない国だからこそ、毎日チェックしないければ変化の兆候が分からないからだ。
 確かに現地の日本の大使館は熱心に新聞を読んでいる。分析もしているが、それらは決して、国民の目に見える形で開示されない。開示されない情報は世論形成や民間の分析には役立たない。
 ジェトロ(日本貿易振興会)の情報は、より市民や民間企業に開かれている。しかし、彼らの情報はリアルタイムではない。NHKの対外テレビは国際ニュース報道よりもむしろ、日本の対外プロパガンダが主眼とも聞く。
 日本は島国だから、海外への関心が低いのは仕方がない面がある。しかし、いまや日本人は海外の至る所に住み、アフリカのビジネスやアフガニスタンの援助活動にも携わっている。外国人と結婚した日本人も多い。不採算だろうが何だろうが、彼らに正確な情報を提供する責務が、日本にはある。
 さらに言えば、日本は石油を初めとした資源供給を死活的に海外に依存しており、その資源の多くは、メディアの「不採算」分野である中東やアフリカ地域から輸入されている。確かにいまは「不採算」だ。しかしある日突然、その一国の情勢変化が引き金となって、日本経済の死命を制する事態になることは十分にあり得る。

 国内外を問わず、ジャーナリストの立場から言えば、メディアが「あらゆる勢力から独立」することはもちろん理想なのだ。しかし、こと海外報道の分野では、まず日本が、他国メディアへの依存から「自立」することが、その前提になる。
 だとすれば、そのための「国策」はあっていい。 もし既存メディア組織が機能不全に陥っているのなら、新たにそういう機関を作ってもいいのではないか、とすら思っている。
 実際アジアの共産圏の情報収集では、外務省傘下の財団法人「ラヂオプレス」は高い評価がある。情報収集以外の事業が大半を占めるジェトロでも、シンクタンクであるアジア経済研究所まで入れても、財政規模はせいぜい年間400億円にすぎない。日本人にそういった素質が欠けているとか、資金がないとは思わないのだが。

*1:これには、各社から何人も特派員が出ているのに分業ができず、皆が同じニュースを取材し原稿を書いている、という日本メディア内の問題もある。