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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

吉幾三問題

 「吉幾三問題」という命題があるそうだ。宮台真司氏のホームページを参照してほしいのだが、要するに下記のような話。(以下引用)
 

 吉幾三は青森から東京に出てきたときに、喫茶店で働いていたわけだ。ある時マスターがいなくなっちゃったんで、一日中自分が店を任された。客がやってきて、メニューを見て「ウインナーコーヒーはありませんか」と言った。吉幾三ははたと考えて「聞いたことがない、しかしウインナーコーヒーと言うくらいだから、ウインナーとコーヒーのことだろう」と思って、コーヒーと、フライパンであぶったウインナーを出したら、客は何の疑いもなく食べて帰っていった。

 たまたまそれについてはね、吉幾三が「今日ウインナーコーヒーって言われたんでウインナーとコーヒーを出しときましたがそれでよかったんですか」って言って「バカヤロウ」って(笑)いうことになったんで、笑い話が成立したんですが、「ウインナーコーヒー」って普通名詞ですけどね、例えばそこで吉幾三がマスターから「違うぞ」って言われなければそこで間違いに気がつかなかった。そのまま一生を終えたかもしれませんね。客もそうです。「間違いだ」と誰かに指摘されるチャンスに出会った可能性もあるけど、出会わない可能性もありますよね。

 でもそれを考えると、全ての普通名詞がそうでしょ。つまりそれで「間違いだ」と指摘されないことによって、カテゴリーを支えている消極的予期を顕在化しないで済んでいる。その消極的予期というのはネガティブ・エクスペクテーションということで意識していませんから、何がコーヒーだと思っているのかについては、間違いが出てこない限り分からないんですよ。