雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

グルジア・イレデンテ(還らざるグルジア)

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 またグルジア情勢が緊迫してきた。というかほとんど戦争だ。
 オセット人(オセチア人)の有名人といえば現在ロシア最高の指揮者とされるヴァレリー・ゲルギエフだが、彼らはもともとカフカスコーカサス)では尚武の山岳民族として知られている。カフカス山脈の真ん中にロシアとグルジアの国境が引かれているのだが、ソ連崩壊後にグルジアがCIS(独立国家共同体)を脱退することになり、山脈をまたがって住むオセチア人の住む地域は分断されることになった。ちなみに、2014年に冬季五輪が開かれるロシアのリゾート地・ソチから山一つ越えただけのグルジアアブハジアにも似たような問題が存在している。
 そのためオセチア人は南オセチアのロシアへの帰属を事実上要求(山脈の北側の北オセチアはもともとロシア領)し、過去約20年にわたりグルジア政府の実効支配が及んでいなかった。
 最近グルジアは米国帰りのサーカシュビリ大統領の下、ロシアへの対抗のため米国に急速に接近。中央アジアの新「グレートゲーム」といわれる石油・天然ガス資源争奪戦で、カスピ海を経由するパイプラインの通り道となる(グルジアはとりわけ美しい国だが石油は出ない)グルジアを取り込みたい米国との利害が一致、米国は現在グルジアに強力な支援を行っている。
 北京五輪の裏の目立たない時期に行われた今回の作戦は、事実上米国の黙認を得てのグルジア領奪還作戦と見るのが穏当だろう。ロシアにはいま「仕掛ける理由」がないからだ。*1
 さかのぼる7日にはアブハジアに近いソチ(ロシア人にとってのソチのイメージは沖縄か、さらにメジャー度でいえば湘南・茅ヶ崎に近い)の海岸遊歩道で爆発が起こり、観光客(昨夏にソチを訪れたが、海岸には観光客しかいない)多数が死傷、完全にきな臭いムードが漂っていた。その中での軍事衝突の勃発。日本からはあまりに遠いが、ロシアはすでに全面的なコミットを決意しているもようだ。旧ユーゴのコソボ自治州の独立よりはるかに危険な状態になっている。*2
 誇り高いグルジア人にとって「カフカスの南(ロシア人にとっては”カフカスの向こう”」である南オセチアアブハジアの奪回は完全に「正義の戦い」であり、譲る余地はない。一方でロシア人にとっても、たんに南オセチアという「一つの谷間」の領有争いにとどまる問題ではない。ロシアにとってグルジアという土地はあまりに関わりが深すぎる。ロシア人にとっての英雄スターリンは生粋のグルジア人で、ロシアの文豪プーシキンレールモントフも、カフカスコーカサス)とグルジアで傑作をものしている。*3
 ロシア人にとって「南」といえば、固有名詞でソチのこと。プーチン首相がこよなく愛するとされるソチのスキー場の裏山はすでにグルジアが領有権を主張するアブハジアだ。ロシア料理で出される最高のワインはグルジア産。ロシア人の愛するものすべてがグルジアに存在するといってよい。
 かつては同じソ連だった国というだけでなく、ロシアにとってはグルジアは絶対に手放せない土地だ。しかも、ロシアの”とげ”であるチェチェン独立派へのグルジア政府による支援もかねてから指摘されており、(グルジアからカフカス山脈を越えればすぐチェチェン共和国だ)、”カフカスの向こう”(ザカフカス)にあるグルジアでロシアの力がこれ以上後退することは許されない。双方が「面目を失う」わけにいかない状況のなかで衝突が起きた。
 こういった対立図式が、紛争においてもっとも危険な場面を生むことはいうまでもない。大体において、戦争を取り返しの付かないものにさせるのは、当事者の「面子」なのだから。

*1:米国が黙認していたか、現在(10日)の段階でははっきりしない。湾岸戦争のときもサダムフセインは「米国の黙認を得た」と思いこんでいたが、似たようなことが起こったのかもしれない

*2:ロシアの強い反対を押し切ってコソボ自治州の独立を欧米が認めてしまったことで、ロシア国内では「コソボは認めてなぜオセチアの独立は認められないのか」という話になっており、事態収拾をさらに難しくする可能性もある。

*3:200年間、ロシアとグルジアの関係は同じことをやってきたといえばそれまでだが。