雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

【ナニワ記者米国ジャーナリズムをゆく】(産経新聞)

 産経新聞「ナニワ記者米国ジャーナリズムをゆく」は、業界内にいる人間には(既知の部分も多いけれど)、結構面白く読める企画だ。「夜討ち朝駆けはしない」とか。夜討ち朝駆けがなければ、記者の仕事は労働条件面で「普通の仕事」にかなり近くなるんじゃないだろうか。どこまでリアルタイムの情報を「突っ込む」かについても、無理はしないようだ。そういったことに対する日本の事件記者の違和感が原稿ににじみ出ていて面白い。

 夜討ち朝駆けについていえば、日本の事件取材では、メディア側が名前とか住所とかとりあえずの事実関係を集めるのが大変だし、大変なゆえに倫理上ぎりぎりのところまで踏み込む必要がある。ゆえにメディアスクラムの張り番や、夜討ち朝駆けといった歩留まりの低い取材を各社が横並びにやることになる。当局が「プライバシー保護」を理由に情報提供を減らせば減らすほど、逆にメディアスクラムが激しくなるゆえんだ。
 しかも、かつてブログでも書いたけれど、こういう手段で取ってきた情報は、「ソースの明示」ができないゆえ、外部から痛くもない腹を探られて「当局と記者クラブの談合」疑惑を受けることもある。*1
 記事では「調査報道」について触れている。しかし日米を問わず、調査報道は何ヶ月やっても記事が1本も出ないなんてしょっちゅう。さんざん取材して不発に終わることも多いから、「夜討ち朝駆け」以上に金食い虫になることもある。新聞社の経営難を理由に、米国でも調査報道は難しくなっていると聞く。

 米国はネットの普及で日本の数年先を行っているといわれている(コンピューターになじみやすい英語圏だということもある)けれど、その中でも地域紙はそれなりにやれている。むしろLAタイムズとか、中-大規模の地方紙の方が経営が厳しいという。
 問題は、編集でも広告でも、地域紙が依って立つ基盤とする「地域のコミュニティ」というものが、果たして日本に存在しているかどうかということ。もちろん日本でも、ぐっと田舎に行けばコミュニティはある(高齢者が多く、購買力が低いから広告マーケットから疎外されているが)。しかし人口統計を見れば、もはや日本人の半数以上が大都市圏か大都市圏のベッドタウンに住んでいる。そういうところで地域コミュニティと言っても…

*1:記者クラブ制度による癒着が害悪をなしているかといえば、現在はその批判はほとんど根拠がないと思う。もちろん読者がテレビの会見中継を見て、「俺だったらこう言うことが聞きたい、なんで記者は聞かないんだ!」ということはあるけれど、たいていの場合は、会見の時間がそもそも限られているとか、その中で、聞いてもどうせ答えてくれない類の質問をする余裕はないとか、いろいろ事情があるのだ。