雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

オルゴールやかん

 今日は金曜で当地は休み。スタッフも午後まで来ないので少しだけ朝寝坊をした。ついでに到着してから1か月間まったく使っていなかった浴槽に湯を張ってみた。排水溝に髪の毛が詰まっていたりして、また掃除に手間取ったけれども、どうにか入浴には成功。
 しかし典型的な西洋式の浴槽(浅い)なので、入っても爽快感はないな。
 2-3日ほど前に初めてレトルトのカレーライスを作ることに成功した。「なーんだ、そんなことか」といわれるかもしれないが、それまでは室内の掃除に明け暮れていて台所に入る気もしなかった。
 レトルトといえどもマッチでガスレンジに火をつけ、薬罐でお湯を沸かし、鍋で湯煎を待つという生活は、今や東京ではする必要もないし、そんな面倒なことをする時間があったらほかのこと(睡眠?)をしたいというのが本音である。日本の便利さに慣れてしまうと、「待つ」ことがうっとおしくなるが、もともと人間はこういう作業に膨大な時間を費やしてきたのだよなぁ、とあらためて思い至る。
 さてこのやかん、日本から900円のものをはるばる空輸してきた(日本製)わけだが、沸騰すると管楽器のような音色で鳴る(しかし「オルゴールやかん」と表記されていた)のが売り物。音色がショスタコービッチの交響曲に絶妙に映えるので、思わず笑ってしまった。
 しかしこれだけ造作がきちんとしているものを900円で売ってはいけないと思う。安すぎると有難みがわかないものだから。
 東京より高い家賃を払っていても、浴槽にまともにお湯を張ることができない水栓がついている国からすると、そう思わずにはいられない。
 掃除と食が安定してきたら、次は文化だろうか。退屈なんじゃないかと思って東京で読めなかった本をたくさん持ってきたが、まだ「ウルトラ・ダラー」(手嶋龍一)を読んだだけ。活字中毒とはいっても、日本のニュースに加えて、国際ニュース(英語)をチェックしていたりすると瞬く間に時間が経ってしまうのだよなぁ。でもこれらはニュースであって、「消えて」しまう活字だから、「残る」活字を頭に入れる機会を増やしたいと思っているのだけれど。