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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

モラルとモラール

メディア

 入試で間違いやすい英単語の典型だけれど、NHK報道関係者のインサイダーの話を聞いて「モラールの低下がモラルの低下を引き起こした」と思ったりした。駄洒落というわけでもなくて、やはりこういう不祥事が起こるのは、マスコミ組織として、モラール(=士気)が低下していて、それを反映しているのだと思う。
 身も蓋もない言い方をすれば、報道機関で働く人間の士気は「金」と「やりがい」で保たれる。
 やりがいというのは曖昧な言い方だから、きちんとした定義のある言葉で言えば、「有効性感覚」ということだろうと思う。自分がやっていることが、なにがしか世間の役に立っていると当人が思えることが重要(実際に世間の役に立っているかどうかは別問題なので、「感覚」という言葉がついている)だ。だってどんな記者もディレクターも、お金だけでなく、仕事を通じて社会の役に立ちたいと思って働き始めたはずなのだから。

 ただ、巨大メディア組織になると「有効性感覚」を持っている人ばかりでないのが現実だ。出世街道を歩んで、たとえばメインニュースのキャスターや天声人語を書いている論説委員の人は、おそらくやりがいにあふれているのだろうと思うけれど、NHK朝日新聞に限らず、そんな華やかな活躍をしている人は組織全体のごく一握りに過ぎない、というのも現実である。一方で、末端であっても小さなやりがいを感じて仕事をしている人は多い(私もその一人)けれど、そんな人ばかりでもないのが現実だ。世の中にはいろんな人がいる。メディアの世界も例外ではない。

 だから、本来マスコミの社内でやるべき対策の中で最も重要なのは、不届き者の摘発に力をいれることや、システム的なファイアウォールを強化することではなくて、どうにかしてみんながやりがいを感じられるような職場環境を構築するってことなんである。たぶん。
 しかし現実はそうならないし、逆に「昔は良かったなぁー」という言葉を何度聞いただろうか。どこの会社かを問わず、業界内で最近、組織のモラールが向上しているという話はとんと聞かない一方で、取り巻く状況の厳しさを反映してなのか、職場のモラールが低下しているという話は枚挙にいとまがない(もちろん言葉のあやというものもあって、実証は難しいのだが)。

 だから、新聞の1面の看板コラムを書いて、やりがいを感じまくっているベテランの人が、いくらコラムで「インサイダーをする不届き者は、記者の風上にも置けない。けしからん」といくら拳を振り上げたところで、組織内のインサイダー予備軍には全く言葉が届かないだろうし、再発防止効果もないんじゃないかと個人的には思うのだ。今回の不祥事の舞台も、最も誘惑が多いはずの最前線の東京経済部ではなくて、地方の放送局が多かったのではないだろうか。
 実際問題として、報道の仕事が向いているとは思えないけどいまさら転職できない(「辞めてしまえ!」と言ったって、代わりの仕事を用意できないのだから全く解決にはならない。退職強要は違法行為)。家族がいる、子供がいる、借金がある、そんな事情でやむなく報道の仕事を続けている人も、各社に多いと思うのですよ。

 じゃあそういう人々の存在を前提に、彼ら彼女らが悪さをしないため、というか公益性のある組織人として「(逮捕されるとかそういうことは論外として)法律を超えたモラルを求める」にはどうすればよいのか。
 それはやはり「悪いことをすれば損をする」という意識しかないんではないだろうか。そのためにはある程度「一般社会人より高いモラル=行動規制」の裏返しとして「安定した職場」を保証する必要があるのかもしれない。未だ終身雇用の日本企業では、いす取りゲームでいすが取れなかった人が、別の組織、業種で活躍の場を見いだすということがなかなかに難しいからである。後ろ向きかもしれないが「悪いことをすれば(待遇が)安定した職場を失う」ということで、悪人が出ることを防ぐということしかないのか。ちなみに待遇で最も重要な要素は金=お給料である。たしか一昔前の銀行員の高給は、こんな理屈で説明されていた記憶がある。
 なんとも悲しい話なんだけどなぁ…。