雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

問題は問題意識

 ではないかと思うことが増えた。歳を取ったのかもしれないが…。「今時の若い者は」という話の典型なのかもしれないけれど。
 夜討ち朝駆け、大事。ネタを引く能力、とても大事。
 でも、その前にそもそも「現在の社会には様々な問題があって、マスコミにいる人間は、今いる社会をよりよくしようと思って(烏滸がましいことは重々承知)、あるいは読者に知らせる価値がある情報だからこそ、記事を書いているんだ」という意識が欠如していたら、そもそもライターやっている意味がない。「マスコミは社会の前衛だ」なんて偉そうなことの遙か手前の話ですよ。
 新入社員、あるいは若手諸兄。「宇宙人」でも一向に構わないけれど、人に会って取材して、記事化するという行為が、単なる仕事のノルマか、あるいは単なる自己満足にだけ終わってしまうのだったら、そもそもこの業界で働いている価値がないと思うのです。
 「これはおかしい、問題なんだ。だから世間に訴えたい」あるいは「社会的にビビッドな話だ、だから書く」という社会性というか問題意識。業界で言うニュースセンスというか。
 でもこれはセンスとはいっても天賦の才ではなく、新聞、テレビ、インターネット、口コミ、読書、映画、あらゆる情報に接して、“自分なりに”考えていくという過程で初めて養われるものではないかと思うのだけれど。これは学生だろうがプロだろうが変わらないはず。この仕事、警察官に愛想振りまいているだけでいい、という仕事じゃない、と少なくとも僕は思う。
 最近、同業の若い記者のアウトプットを見ていると、「これは特ダネだとか、抜いた抜かれた以前の問題ではないか、そもそもこの仕事の意味を分かっているのか」との疑問、というより不安を感じることがめっきり増えてきた。これは自分の会社がどうこう、とか右よりの会社とか左よりの会社とか、そういうこととも関係ない。

 もう少し勉強してくれ、というか自ら勉強しようという意欲を持って仕事をしてほしい。この国の将来を支えるのは君たちではないのか。
 少なくとも「無知の知」というか、自らの不勉強は自覚してくれ。そうでないと取材先に失礼だと思う。
 でもそういう記者が、半端にネタを引いてくると褒めちぎるボスが居たりするのもこの業界の病んでいるところでもあり。
 まぁー自分も全く偉そうなことは言えないので、以て他山の石となし自戒すべし、ってことは先刻承知なんですが。