雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

構造不況業種

 友人のKyoさんこと佐谷恭さんが「曜日を気にしない生活」というエントリを載せている。Kyoさんはライブドア・ニュースの記者。つまりこれに巻き込まれた。
 Kyoさん自ら記す。「ライブドアでは異例の不採算部門。設立当初から会社には定期的に事件や問題が発生し、強制捜査と社長の逮捕があった。内側から会社を報じたりしたこともあり、ニュースセンターを『良心』『生命線』などと表現する人もいた。それから約1年。取締役会で『不要』との判断が出たようだ」。
 誰かに言われなくとも、ニュース・報道部門が不採算部門と言われて久しい。報道番組をやっている民放テレビ局自ら「あれ(=報道局)は“メセナ”だからね」という言葉も聞いたことがある。
 つまり儲からないけれど、企業イメージを維持し、(放送局の場合)免許を維持するためには(利潤を追求する企業としては)やむを得ず必要な活動。これはKyoさんの言う「ライブドアの良心」「生命線」という言葉と何が違うだろう。明日は我が身である。
 今の日本はたとえ経済格差があったとしても平和で、明日のパンの心配はない社会になった。暴動もなければ、明日秘密警察が来るわけでもない。人々が遠い先のこと、世界の果ての戦争、大きな社会の矛盾をあてもなく考え、怒るより、明日の収入アップを目指すのはごく自然な社会の摂理だと思う。つまりこの国では報道業は「構造不況業種」になった。自分にいつかそんな日が来ても不思議ではない、と最近はよく思う。
 一方で、私の知るKyoさんは志の高い人だ。この業界は広いから、経済的安定と引き替えに、企業の営利主義やマーケットの神々に身も心も捧げて日銭を得る人も多いし、あるいはいわゆる“当局”、国家権力・地方権力への距離の近さだけを誇っているような記者も正直言って多い。
 でも、Kyoさんはライブドア・ニュースでそんな記事を書いてはいなかった。記事を見ればその人の能力が分かるのがこの業界。
 尊敬する同業者に、次の活躍の場を見つけてもらいたいと願うばかりである。