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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

「検閲を知らない子どもたち」

メディア

 某集まりで大学生と懇談したおり、何げなく権威主義体制の国の話になって「そういう国では、新聞やテレビも検閲されて、本当のことを書けないんだよ」と話したらば。

 「検閲ってなんですか?」と聞かれてしまった。

 要するに「検閲」という単語の意味が不明、ってことらしいのだ。彼女は人文系専門で、通訳のバイトをするほどに英語も堪能なのだが、"Censor"という単語も知らなかったから、やっぱり「検閲」っていう言葉の定義というか、概念そのものを知らなかったわけだ。

 まあ、確かに学校で教える単語か、っていえば、そうでないような気もするし。
 彼女を批判する意図も毛頭ありませぬ。
 一方で、「言論の自由→メディアは検閲されてはならない」っていう考え方そのものはそもそも民主主義の基礎概念であって、例え文字が読めない人であろうが、むしろ直感的に理解してもらわないと、民主社会そのものが成立しないのではなかろうか、と思う。
 民主社会でなくても、資本主義さえ成立してればそれでいいんだ、っていう、キャピタリストの人はそれでいいかもしれないけれど。

 新聞は、昔から「中学生が読めるように書け」というが、しかし、平和な日本社会が続けばこういう読者は今後どんどん増えることが予想されるわけで、こういう読者を相手にして、さらにはある一定の水準を維持した「マス・メディア」ってものは、果たしてやっていけるのだろうかね?