雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

トリックスター

 【絵文録ことのは】氏の「Livedoorホリエモンは現代のトリックスターであり、「既成秩序の破壊」がその役割である」で既に書かれてしまっているけれど。
 今朝、毎週1回の行為のためにバスを待っていたら、不意に「トリックスター」という単語が頭をかすめた(早い話がシナプスが繋がった)ので、備忘録的に記すことに。

 別に「トリックスター」なんて民俗学的なワーディングをしなくとも、要は彼は自分でどの程度意識的だったかは別に(私はかなりニッポン放送買収表明後は意識に入ってきたのだろうと思うが)して、彼はこの日本社会、特に日本メディア社会でプロレスの”ヒール”を演じるよう求められたのだろうと思う。
 怖くないヒールはヒールでないから、人気がない。というより存在意義がない。人気のあるヒールは憎たらしいほど強く、またワルでなくてはいけない。「ぶっ殺す」「二度と出てこれないようにしてやる」くらいの台詞は吐けなければいけない。
 一方で、対戦相手を本当に「殺して」しまったり、全員病院送りにして興行ができない事態になってもらっても困る。あくまでヒールは「演じる」ものであって、無差別破壊者では困る。

 彼はまさに「メディアを殺す」発言以降のヒールとしてはきわめて有能だったから、まさにそのメディアに引っ張りだこだった(しかも、彼はその立場をかなり気に入っていたようだ)けれど、実は彼のヒールとしての力量がかなり大きくなり=会社の時価総額が増えるに従って=本当に「破壊者となって、興行が壊れてしまうのではないか」と、みんなが恐れ始めた瞬間に、興行主にとって危険な存在→排除すべき対象に変わった、ってことかなぁ。
 正義の味方は東京地検と既存メディアの連合軍(実際に連合しているわけではないけれど、第三者的に現状を見れば、そう評価せざるを得ないのでは)なのか。

 でも、やっぱりヒールにもファンがいて、「せっかくいい勝負になってきたのにぃ〜」と嘆いてる(ブログスフィア)。まあ、正義の味方も最近は演出が見破られがちになってきてるかもしれないが。

 ちょっと外れるけれど、実は今、あらゆる意味で本物の「正義の味方」神話(≒イデオロギー)が求められてるような気がしてならない。既存メディアへの不満といい、大衆はたぶんそれを渇望している(もちろん自分も大衆だ)。
 新自由主義という名の古典的資本主義の焼き直しでは、その機能はやっぱり十分に果たせない(少なくとも島国日本では)ように思える。
 MBAホルダーなんていう、新自由主義の布教専門の「宣教師集団」までいるわけだが、やっぱり一部エリート層の人気は得られても、しょせん焼き直しのイデオロギー。実際大衆的熱狂と動員には遠すぎる。日本赤軍の昔は武装テロまでやって刑事裁判の被告を取り返した時代もあったのに、堀江奪還作戦とか、誰もやらなかったわけだしね。

 まあ、プロレスなら新団体を旗揚げすればいいわけなんだけど、世界経済はそれほどは広くなかった、ってことですか?

 追記:日本のように「バスに乗り遅れるな!」(ちなみに、これは戦前のフレーズ)な風潮が強い国でさえ、これだけの軋轢があるのなら、グローバル・キャピタリズムが世界を席捲するのはかなり難しいように思えてならない。「レクサスとオリーブの木」なんかは、近代化論を唱えてベトナム戦に突入した善意にあふれたアメリカ識者たちと二重写しになって見えて仕方ない。


レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈下〉