雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

「風説の流布」と「事実」と「真実」

 賢明な読者諸氏にはとっくにお分かりなんだと思うのですが、

 単純に言えば、
「風説」ってのは、根拠がない情報。
「事実」ってのは、根拠がある情報(でも、根拠が間違っていたら真実ではない)
「真実」ってのは、一つしかない。(永遠に謎のまま終わることもある)

 マスコミは、「真実」を追い求めているかどうかは分かりません。
 が、少なくとも「事実」を報道しているはずです。(一部の勇み足は除いて)
東京地検ライブドアを家宅捜索した。容疑は○○」
「〜が粉飾決算した疑いがあることが分かった。関係者によると〜」

 これは全て「事実」です。
 「風説」じゃない。
 「堀江有罪」って書いてる訳じゃないです。
 「全体の印象として」そう感じられるだけで。
 報道業に携わる人間は(ワイドショーや週刊誌だと怪しいかも…)、少なくとも「推定無罪」って概念くらいは知ってます。

 「関係者」が本当のことを言っていない(あるいは勘違いしている)可能性もあるので、「真実」だとは誰も言わないわけですが。しかし「関係者」は、その情報の確度は別にして、必ず実在しますよ。それがこの業界の掟ですから。

 その上で、どのニュースを大きく扱うか、あるいは扱わないのか、それは商業主義に委ねられています。「ライブドアに肯定的な情報が載らない」、それはあり得るでしょう。ニュース時間が限られているテレビなんかは、その傾向が顕著です。

 「だってそれで株価が暴落して〜」って言われても。
 どんな報道がされようが、マーケット参加者全員が「俺はだまされんぞ。推定無罪だからまだわからんぞ。俺は信じてる」と思っていれば、株を投げ売りする必要なんてないじゃないですか。むしろ買い増しすればいい。株取引は自己責任ですが。

 それこそがメディアリテラシーだと思います。全体のリテラシーが高くなれば、株価も変な動きをしないだろうし、結果的に(商業主義に基づいて)集中豪雨的な報道も淘汰されるでしょう。

 東京地検の「国策捜査」というけれど、それに有罪を出すのは地検でもなくマスコミでもなく、裁判所です。これまで有罪率が極めて高かったからといって、今回も有罪とは限らない。
 有罪、無罪の判断を誤っていると指摘するなら、その責任はマスコミじゃなく、裁判所が負うべき筋です。
 裁判官という人たちは、「マスコミが報道したくらいで判断が揺らぐはずないだろうが」と公言する誇り高き人たちですから。

 しかしそれこそ、既存メディアを批判するなら、最も良い方法は、専門性の高い仕事をしているアルファブロガーな方も、ライブドアPJな方もいらっしゃるわけで、そういう方が評論や批判だけじゃなくて、堀江社長にきちんとブツも持ってきてもらってインタビューして、堀江氏の潔白性を証明してもらうなり「既存マスコミにできない報道」をすればよい。
 そのとき初めて、日本のメディア、というかニュース報道の歴史に、ブログの名がはっきりと刻まれることになるのではないでしょうか。

 事実と真実の問題は難しいです。
 マスコミには強制捜査権がないので、マスコミに「真実の報道を」って求められたら、怖くて何も書けなくなってしまいます。あいにく神の目は持っておりませんので。。。
 だって、プレスリリースだって一方の発表した「事実」に過ぎないわけで、「真実」かどうかはその時には分からないんですから。

 でも私は、私なりの良心に従って、努力はしてますよ。
 月給には読者からの期待料も多少は含まれている(はず)、とも思っています。それは自分がどの会社、業界にいても同じだし、人による、ってことなのかなぁ。