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雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

シェムリアップ随想

 友人が新婚旅行でアンコールワットに行くという。(ちなみに「次に挙式するのはお前だ!」と言われたが、相手も含めそのめどは全く立っていない。
 彼らは「ラッフルズの系列に泊まる」と言っていたが、「前庭がある」とか、証言が私の泊まったホテルとどうも似ている。
調べたら図星だった。"Raffles Grand Hotel D'ankor"


 まだこのホテルが「ラッフルズでなかった」10年以上前、私はここに泊まった。
 当時も"Grand"は随一のホテルだったようだが、水は茶色く、電気は停電、毎日南京虫が現れ、英語ができるかできないか判然としない(むしろフランス語が良く通じた)従業員が優雅に蚊帳を吊っていた。その代わり宿泊料は安く、確か50ドル(米ドルです)もしなかったように思う。その代わり果物は豊富で、コロニアルスタイルの中庭といい、かつての平和だったカンボジアに思いを馳せたものだった。
 アンコールワットをはじめとするアンコール遺跡群は当然ながら当時から既に有名で、上智大学石沢良昭教授らの活動も知られていた。(というか、現地で知って、帰国してから調べた…)
 しかし、まだUNTACの活動終了直後、ポル・ポト派の残党がたぶんいるという時代で、夜間は外出禁止。娯楽もなく、観光客も数えるほど(数少ないフランス人観光客を見かけた)。プノンペンからは船もあるのだが、危険だということで、小さなプロペラ機でプノンペンを出て、およそ近代とはかけ離れた小さな空港に着いたのを覚えている(その後、シェムリアップ空港は大改良され、バンコクからジェット機が飛んでいる)。
 アンコールワットでは「1ドルくれ」と水売りや物乞いの子供たちが人なつこく寄ってきたが、タ・プロームには人っ子一人おらず、「このまま置いて行かれたら…」と根拠のない不安に襲われた。
 やたらと安いツアーだったので、親類について、生涯初めての海外旅行に出かけさせていただいたのだが、やたらな暑さには慣れず、さらに帰ってからお腹を壊し、1週間寝込んだ。
「やはり荷が重かった」と思ったのを覚えている。昨年ラオスに行って、昔のカンボジアを思い出した。彼の国も急速に発展していくのだろうか。
 シェムリアップに出張した先輩は「今や国道沿いにホテルが立ち並ぶ大行楽地です。行ったらきっと驚くことでしょう」という。
 もちろん発展は彼らの権利だ。
 でも、あののどかで暑いインドシナの空気が消えてたのをこの目で見るのは少し寂しい気もする。
 今はサービス版で撮ったへたくそな写真と、パスポートに残るビザのスタンプが思い出だ。