雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

ロシア語より愛を込めて

 なぜ取材雑記なのにロシア語が混じっているのか。
「作者の趣味とデザイン上の問題で、他意はありません」と書いてしまえばおしまいなのですが,
ちょっとだけ説明を(ネタ切れという批判も…)
 小生、専攻といえば烏滸がましく、今でも十分にロシア語ができるわけでもないのですが、大学でロシア政治をやっていました。当時ロシアは社会主義が崩壊し、混乱の淵にありました。しかも、ロシアという国はいつも西洋とアジアの間でアイデンティティクライシスを起こす国家で、いまでもそれは変わらないでしょう。

 「ロシアを理解することはできない、ただ信じることができるだけだ」

 ロシアという国は、大国でありながら常に、世界中から誤解と偏見混じりの視線が浴びせられる国です。
 東京外大ロシア語科を卒業した島田雅彦という作家がいます。ソースを失念してしまいましたが、どこかで島田氏がロシア語学習を始めたときの難しさを経験混じりに書かれていた気がします。島田氏に限らず、そもそも「文字が全然違って読めない上に、格変化が6格もある」といえば、「冗談じゃない」という結論が出るに違いないのです。私も実のところ、ずっとそう思っていました。

 しかしどうでしょうか。現実にやって、話して、使ってみれば、イヤなことばかりではありません。
 文字は違いますが、所詮アルファベットです。ヨーロッパから文明を輸入した国ですから、山のような外来語があります。(「А」で始まる単語は全部外来語だそうです)
 実はキリル文字を使わなくともラテン文字でもスラブ語はきちんと表記でき、実際ロシア国内では何度も文字を変えようという動きもあったそうです(それはポーランド語やチェコ語を見ればあきらかです)、要は見た目が怖いだけなのです。フランス語やイタリア語と違って、名詞の性は語末の文字で自動的に決まりますし、語順はかなり自由です。

 しかもロシア人は文法を間違ったからといって、露骨にイヤな顔をする人たちではありませんでした(まあ現代ロシアだからというのも承知しています)。
 すましたフランス人とは違って、むしろ必死にこちらの持っている辞書をたぐって、コミュニケーションをとろうとしてくれました。彼らは「ロシア語が難しい言葉である」ということを十分に知っているのです。酒を飲めば、これだけ愉しい人々はいませんでした。決して豊かな生活とは言えないのに、午前3時まで飲み明かし、決してこちらに勘定を払わせようとはしませんでした。
 格変化が間違っているというのは、日本語で言う「てにおは」の間違いです。確かにそれが決定的な局面もあるでしょうし、間違わない方が良いのは確かです、が、それがすべてではありません。(実際中央アジアでは格変化の全くないロシア語を使う人たちがいるそうですが、それでも十分生きていけるわけです)

 ご存じのように、ロシア語は社会主義の言語でした。社会主義が正しかったかはさておき、ロシア人は社会主義を広めるために、アフリカやアジアから来る外国人にロシア語を教えるためにテキストを揃え、そのための大学を作り、精一杯の努力をしました。
 結局、ロシアになってからその努力は全く放棄され、未だにソ連時代のテキストが使われていたりするわけですが…。しかし、日本人が外国人に日本語を教える際、そのテキストや教材、教員の不足を見るとき、、「これほどまでに自分の国とその思想を分かってほしかった」当時のソ連とロシア人の心境を思うと、そのけなげさに涙が出るほどです。

 ロシアに限らず、確かに世の中難しいことばかりです。
 でも、見た目や先入観だけで判断してはいけない。飛び込んでみれば分かり合えることもある。
 そんな意味合いを(勝手に)込めてみたつもりなのですが…