雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

農村が都市を包囲する?

 "踊る新聞屋−。"さんの「正規兵はゲリラにはなれない」を読んで、エドガー・スノー「中国の赤い星」をまた読みたくなる衝動に駆られましたが、それはおいといて。

中国の赤い星〈上〉 (ちくま学芸文庫)

中国の赤い星〈上〉 (ちくま学芸文庫)


 「論持久戦」ではありませんが、純戦術的に言えば、ゲリラ戦に対処する方策は決まっています。米軍の標準的な戦術では(ソース不詳)正規軍がゲリラとの抗戦に入る場合は、ゲリラの10倍の兵力を持ってする。
 ランチェスターによれば、攻勢3倍の法則(オタだとばれるな…)というのがあって、普通は防御側の3倍の兵力で攻め込むのが常道、ということになっているそうですが、10倍投入というのは…アメリカは金あるからな。
 あとは、日本軍が八路軍に手を焼いた際に用いた悪名高き「三光作戦」、あるいは米軍がベトナムで行った枯れ葉剤の散布のように、ゲリラが隠れる場所をなくし、補給線を絶つ、というのも常道です。
 これをメディア業界でやるとどうなるんでしょうか。補給線を絶つ=ブログが依拠する1次情報の供給を絶つ、ということは、ネットニュースやホームページでの記事掲載を一切止めるとか、無断転載したら片っ端から提訴するとか、たとえば最優秀の記者ばかりを集めた「ブログ対策部」を作って、自社記事への批判があったら、ネット上、ないし紙面上で徹底的に論破するとか、そういうことになるんでしょうか。

 しかし、5号館のつぶやきさんがいみじくも看破しているように、ゲリラが生まれ、勢力を拡大するのは、その背景に、正規軍=体制に対する支持が失われてきている、ということがあるのです。
 さらにその背景には貧困や、腐敗があり、だからこそ民衆がゲリラを支持するわけです。これを解決しない限り、ゲリラを根絶することはできないし(ブログ・ゲリラを根絶する必要があるとも思えませんが、ここは例えということで…)、共産主義の浸透は押さえられない。CIAを使い、軍事援助を行い、どれほどの戦力を投入してもいつまでたってもいたちごっこが続くことになるでしょう。
 逆に民生の安定が得られれば、連合赤軍しかり、赤い旅団しかり、そういったゲリラ戦組織は大衆の支持を得られず、自然としぼんでいくものなのです。
 ベトナム戦争の教訓はまさにそれでした。それでアメリカは多少は改心して、Peace Corpsをやってみたり(青年海外協力隊はいわばこのパクリです)、ODAをやってみたりして、その背景を知るために比較政治学や開発経済学という学問を始めたりしたわけです。 敵は共産主義からイスラム過激派に移りつつありますが、現在でも本質的にこの図式は変わらない、いや変わっていないと信じたいのですが…。

 長々と書いてしまいましたが、結局必要なのは当たり前のことなんです。要は、既存メディアの側が読者、視聴者の信頼を取り戻すための努力をしなければいけないのです。読者の声を聞き、読者のニーズにあった、読者が喝采を送るような記事や番組を出していかなければいけないのです。

 最後に一つだけ。ゲリラは正規軍を打倒した瞬間に、自らがゲリラでなくなるという宿命を負っています。
 そこからはAK(カラシニコフ)を捨てて、制服着てパレードやったりして(笑)正規軍としてやっていかなければいけないのです。
 実際、過去の政治学的な知見からは、旧体制を打倒した新体制を運営する人間には、実は旧体制を支えたテクノクラート、軍幹部が多く含まれている、という事実が読み取れます(ヒトラーでさえ、ドイツ国防軍の伝統的運営手法を完全に排除することはできませんでした)。
 「踊る新聞屋−。」さんの心配は私も共有するところなんですが、結局ゲリラも最後の瞬間には正規軍の知恵が必要になる瞬間があるわけで、今いる会社組織が残るかどうかは別にして、まっとうな成果を上げている(これは当然社内評価とは別の尺度になるでしょうが)取材者や編集者の一定数は、どんな体制に移った場合でも必要とされる、という気がします(気休め的ですが)。