雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

危機感

「記者を辞めた方がいい」ガ島通信氏の書き込みを見て、数年前の光景が思い出された。
「史上初めて、債権回収の奴が社内賞を取った」今は名前が変わった某都銀に勤める友人が語った。バブルが崩壊して数年、金融機関は痛手を減らすべく、よく言えば債権回収、悪く言えば貸した金を取り返す「貸しはがし」に躍起だった。

 彼によると、都銀というのは、金を貸した奴がとにかく偉かったのだそうである。悪く言えば、貸した金を回収するなんていうのは、誰でもできる、出世コースを外れた人間がやることだったわけである。しかし、バブル崩壊で価値観が180度変わり、「金を回収するのが偉いこと」に価値観が変わると、みんながそれに邁進した。だから「史上初めて」「債権回収」に賞が出たわけだ。彼も努力していると、そのときは語っていたような気がする。

 銀行員の彼を批判しているわけでは毛頭ない(田中君、元気にしてる?)。組織を支配する価値観というのは、一瞬で変わっていくもの。むしろそれが当たり前なのだ。日本人は60年前の敗戦でそのことを知ったはずなのだが、どうにも身に付いていないらしい。
 銀行は護送船団方式で安定した時代が長く続いた。永遠の高給と、都銀と長信銀を頂点にした繁栄が続くと思っていた。メディアの世界も新規参入がない、閉鎖的な時代がこれまでは続いてきた。全国紙の記者は高給取りだ。じゃあそれが永久に続くのだろうか。私にはどうにもかつての銀行業界とマスコミがだぶって見えて仕方がない。

 その後、銀行は金融自由化で都銀の半数が消え、長信銀は跡形もない。資本主義の世の中で、新聞社がそうならない保証は何もない。実際、紙メディアからネット時代への波はすぐそこまで来ている。
 確かに読者が一人でも記事を書くのは記者のやりがいだ。 一方で記者はボランティアではないから、読者が一人しかいなければ生活していけないのもまた当然。多くの人に読んでもらいたいのも記者なら当たり前。
 それに、大きい組織で働き、大きい官庁を取材するのが偉いのか。
 それは本当のジャーナリズム(この言葉はできれば使いたくないのだが)の価値そのものなんだろうか???
 それは「新聞社の社員」の論理じゃないのか???

 銀行が繁栄の絶頂だった時から、組織の中には危機感を持った人間がいた。その多くは外資に転職し、活躍している人間も多いと聞きます。
 本業をおろそかにしてはいけないが、危機感を持って、視野を広く持つのは悪いことではないはず。
 最後に組織は大きいが故に尊からず。業界秩序の頂点だった全国組織の都銀の半分が消え去った、とは言っても、堅実経営の地銀のほとんどはちゃんと生き残っている。
 規模が大きく、あるパラダイムの中で繁栄を誇れば誇るほど、時代のの急速な変化に対応できないのもまた事実なのだ。