雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

冬の夜の夢

 もし、自分の新聞を広告収入だけの無料新聞(フリーペーパー)社にする気がないのなら、新聞経営者はすぐに、自分のウェブサイトで自社のニュースを無料で掲載するのを止めるべきだ。(別に私は経営者じゃないので、誰も聞かないだろうけど)
 紙の新聞がネット上のニュースに置き換わっていくことは、遅かれ早かれ避けられない。これは間違いない。
 しかし、その前に世間に「ニュースは無料」という観念が染み渡っていくことが、情報を売る新聞社にとって、もっとも恐ろしいことではないだろうか。
 よその会社のサイトが無料だからとか、ヤフーニュースでもやっているとか、そういう考えはこの際捨てた方がよい。使わなかった原稿を「廃物利用」するならともかく、自社の新聞が独自取材した原稿を、「無料で」ネットに載せるのは自殺行為ではないかと思う。

 少し視点を変えてみよう。
 インターネットビジネスの成功と失敗を分ける決定的な要素があるとすれば、それは「課金」なのである。「一に課金、二に課金、三四がなくて、五に課金」なのである。
 マスメディアを含め、インターネット上の情報に課金しようとする試みは、正直に言ってことごとく失敗している。ネット広告も正直言って、全くうまくいっているとはいえない。(メディア進出を目指すライブドアの前身が、無料ネットプロバイダがまさにそれ故に経営破たんしたのは歴史の皮肉だろうか)
 ザッピングを繰り返すネット利用者の場合、ページビューの割にバナーのクリック率が低すぎるのである。

 昔の閉鎖系のパソコン通信、例えばNifty-Serveでは、コンテンツ=形のない情報などに課金するのはプロバイダの課金に上乗せすればよくそれなりに簡単だった(後述するが、再びその形での課金が主流になる可能性は否定できない)。
 しかし、インターネットは学術目的の利用を前提に開発されたので、もともとシステム的に課金が難しいようにできているのだ。

 このことに一番最初に気付いたのが、ソフトバンク=ヤフー社長の孫正義氏ではないだろうか。ソースを忘れてしまったが、孫氏がヤフーという広告ベースのポータル事業で一定の成功を収めながら、さらに莫大な投資をして格安のADSL事業に乗り出した際、「ソフト事業で成功しながら、なぜ利益の少ないインフラ事業に乗り出すのか」と問われた答えが、「課金」だったと記憶している。
 「ヤフーオークションの月200円の利用料をきちんと取るのは、きわめて難しい。だが、ADSL料金を加えた月2500円を徴収するのは、それほど難オくない」という返答だった。
 孫氏が指摘しているのは、まさにネット上での少額決済の難しさである。電子マネーの試みがICOCASuica以外はことごとく低調な現状、オンライン決済に使用できる手段はクレジットカードしかない。しかし、クレジットカード(あるいは銀行振り込み)では、月額数百円以下の少額決済では、トランザクションコスト(取引費用、手数料)が高すぎて現実的ではない(口銭が多すぎて提供者の手取りが少なくなりすぎる)。記事1本読むと何円、ホームページ何分間視聴で何銭、という課金は皆がすぐ思い浮かぶのだが、現実問題として困難だ。
 当然ながら情報はただではない。無料の情報というのは、2次情報であったり、信頼性に難があったり、遅かったり、やはりそれなりなのである。これまでも無料の民放ニュースだけでは情報が足りないからこそ、新聞各紙や雑誌が生き残ってきたのだろう。
 現在のネット上でも、「高価な」情報は十分に生き残れる。例えばブルームバーグが提供しているリアルタイムの相場情報は、月額数十万円を支払った上でしかも専用端末でしか閲覧できないが、専門読者層を十分につかんでいる。駅売りのスポーツ紙もしかり。
 問題は地方紙、全国紙といった、一般ニュースの提供元が生き残れるかだ。一般ニュースは、どうしても「広く、薄く」課金しなければならない。孫社長的に言えば、インターネットになじみにくい商品である。それでももはや紙の新聞のままでは生き残れないのは確かだ。速報性に劣り、情報の蓄積、検索データベース性でも、もはやネットにはかなわない。
 しかし、だからといってネット新聞を有料で立ち上げても誰も読まない。このジレンマ。

 ではどうしたらよいか。
ここからは思い付きなのだが、なかなか良い思い付きだと思う(笑)のでビジネスモデル特許を申請しようとも思ったのだが、ジャーナリズムの組織はこれからも必要だし、生き残っていてほしいので、ソースフリーのブログにあえて記す(というほど大したものでもないのですが)。

 孫社長流に言えば、実は新聞社は、一番重要な課金システムをすでに持っている。それは販売店の集金網である。
 ただ新聞社の人間が、それに気付いていないだけだ。ソフトバンクが、ヤフーの会員権とインフラのADSLを抱き合わせたように、古いソフトと新しいソフトを抱き合わせる。
 つまり紙の新聞とネット新聞を抱き合わせ販売すればよい。
 月額購読料の領収書に、ネット新聞のパスワードを載せる。パスワードは発行する領収書ごとに変えていけば、それだけで月額課金の下地ができる。

 最初はネット新聞は無料のおまけで始めなければならないだろう。しかし数年を経て、だんだん若い人を中心にネット新聞だけ読む人が増えるかも知れない。その購読傾向はネット上だから、リアルタイムで分かる(どの記事が読まれたかまで!)。そのときにネット新聞だけの契約を(後述するが、かなり安価になる)受け付け始めれば、スムーズに移行可能だ。
 販売店が反発するかも知れない。が、アルバイトの人件費がかかる配達業務は縮小する。しかし一方で、拡張、集金業務は残る。主な収入の折り込み広告を取り込む仕組みも、ネット新聞のシステム上で検討していけばよいだろう。

 おまけといっても、数年内にこちらを主力商品にして、読者を誘導する必要がある(そうしないとヤフーとライブドアに負ける)から、開発には一刻の猶予も許されない。
 記事内容を含めて、開始したネット新聞の商品価値は、全力で高めていく必要がある。これまでのような無料サイト前提ではないから。
 全地方面が見られるとか、リアルタイム更新とか、半年くらいの記事データベースが無料で使えるとか、そういうインセンティブをつけていくのは当然だ。企画記事ごとにブログを作っても良いだろう。

 広告でも同様だ。紙面広告はもちろん、できればスーパーの折り込みまで取り込めるようなフォーマットにする必要があるだろう。もちろんサーバー、ソフト開発が必要だが、輪転機を買うのに比べたら物の数ではない。
 しかも、値段が付くのは記事と広告の情報に対してだから、地方紙なら、システムを他県の新聞社と共同開発、運用しても何の問題もない。

 最終的な問題はこの「ネット新聞の課金」がいくらになるかだ。現在、日本の日刊新聞は年間で35000円から50000円の商品だ。しかし、このうち純粋なコンテンツ代金はいくらだろうか。
 新聞記者というのは一番帳簿に疎い人種なので、正確なコスト計算ができようはずがない。しかし、例えばコンテンツ制作費の総費用に占める人件費率が50%弱と仮定すれば、年間の記者職採用数から大まかな類推は可能だ。例えば全国紙でもっとも小規模な、毎日新聞の記者職の採用数は年間30-50人だ。(全国メディアで一番規模の小さい時事通信社の社員数が約1100人ということともこの数字は符合する)平均勤続年数を30年として、平均人件費=年収が諸費用込みで1000万円とすれば、(筆者の経験では、黒塗りハイヤーやヘリを使わない限り、取材費が給料を上回ることはまずない)、だいたい費用は年間300億弱になる。仮に300万部=300万アカウントに相当するネットビューがあるとすれば、全く広告なしだとしても、購読料は年1万円になる。月1000円を切る計算だ。
 いまの固定電話の料金競争を想定すれば分かるが、月1000円を切ると、価格競争の要素はかなり薄まると想定され、かなり先行新聞社による「囲い込み」も想定される。
 売上に対してコンテンツ制作経費はほぼ一定なのがネット新聞の特徴なので、1000万部なら年3000円強、月額だと300円になる。逆に月額課金の額を想定することで、部数で割り算すれば、ネット化された場合の、自分の新聞社の適性人員の推定も可能になるはず(恐ろしいからここではしないけど)。

 これは典型的なネット上の少額決済の例になるだろう。
 ブロードバンドの普及でインターネットプロバイダの淘汰が進んでいる現在、完全にネット新聞に移行した後は、ちょうどヤフーとyahoo!BBのように、プロバイダー課金に上乗せする形での課金が一般的になるかもしれない。奇しくもNTTのフレッツADSLBフレッツは、総務省の政策で県ごとに接続網が分断されているから、県紙の営業基盤との親和性も高い。他のネット事業者でも、ダイアルアップ時代はともかく、ブロードバンド(と将来的なIPv6の導入)なら、県や地域ごとのIPブロックの管理とそれによる顧客追跡はそれほど難しくはないはずだ。
 そのとき現行の販売店の役割がどうなるかは正直分からないが、紙の新聞や手作業による課金も高齢世帯を中心にある程度は残るはずなので、それとの兼ね合いで検討していく必要がある。

 最後にひと言。
 恐らくライブドア堀江社長が言うように、新聞はネットに殺されるだろう。
しかし、ネットビジネス屋に殺される必要はない。新聞社自らが紙の新聞を殺すには勇気がいる。しかし自ら殺していくからこそ、より読者と社員に優しい殺し方ができるのではないだろうか。それが古いタイプの新聞記者の生活のかかった願いなのだが。
 ネットビジネスに誘われて食っていけるような人間ならいいんだけどなぁ…