雑観練習帳

ニュースの現場で思うことつれづれ

夜明け前が一番暗い?

 昨日気になるニュースを見かけた。「現実的な解決策を模索 町村外相、北方領土で」
 記事によると、町村氏は講演で北方領土交渉について、「このまま平行線で交渉を続けても(日ロ双方に)利益にならない。基礎、基本をわきまえ、どこかで現実的な解決策を見いだすという難しい外交交渉をやらなければいけない」と述べた。ロシアのラブロフ外相は会談で、「(北方4島のうち)2つは返すが、(日本が)それ以上よこせとは何ごとだ、日本も4でなく2で折り合えと、平たく言えばそういう主張だ」と言ったという。町村氏がこれにどう答えたかは記されていない。
 最近少し思っていることがある。
 延々とウクライナのことを書いてきたが、ウクライナの問題は日本にとって「ダイオキシン飲まされちゃったんだって―」というワイドショーのネタでしかないのが現実である。
 しかし本当にそうか。ここでロシア外交は帝政ロシアの昔から、常に東西国境の両面で進められてきたことを頭に留めておきたい。つねに東西の国境が同時に緊張するのを避けるのが、ロシア外交の鉄則である。

 日本人はついロシア人を侮る傾向もあるが、日本より多い人口を持つ国で、独力で宇宙に人を送れる(現在唯一の)国である。政治的に不幸な歴史が多いにせよ、頭の良い人は多いし、プーチン大統領自体も、極めて理知的な人物とされる。
 ドイツの脅威が高まれば日ソ中立条約を結び、仏・独との協調が進んだ時期には日露戦争が起こった。日本では大きく報道されていないが、ダマンスキー島などで武力衝突まで起こった中国とロシアの国境線画定交渉が、つい最近平和裏に終了している。残るは日本(と朝鮮半島)だ。
 日本との間には北方領土問題がある。日本人にとって、ロシアという国のイメージは、それしかないといってもよく、それ故にあまりイメージは良くない。

 しかし、そのほかに日本とロシアを巡る問題が他にあるだろうか。
 実はないのだ。

 ロシアから石油を輸入することは、政治的に不安定な中東原油にあまりに強く依存している日本と、売り手を探して経済成長したいロシア双方の願望が一致している。カニもウニもイクラも、ロシア人にはあまり人気がない。日本人が高値で買っていくことで、ロシア極東地方の経済にどれだけ寄与していることか。
 北方領土の返還をもっとも強く望んでいるのは旧島民の方々である。しかし平均年齢は70歳を優に超える。北方領土には病院も道路も空港も満足になく、沖縄県と比べられるくらいの面積に、国境警備隊と、せいぜい数千人の漁民が、夏場の漁業資源だけのために住んでいるだけである。日本に返還されても、北海道ですら持て余し気味なのに、どれほど活用できるか。
 ロシアにとっても事情は同じだ。国後水道が原潜の通り道だというが、であれば国後水道は自由に通ってもらえば良いだけの話だ。極東地域の人口がどんどん減っているのに、石油も出ない北方四島だけの開発が進むとも(向こう数十年は)考えられない。東西冷戦が終わった今、ロシアが持っていても、放っておくしかない島である。

 この問題、まさに両国のメンツの問題だけになりつつある。 
 しかし、両国のメンツだけであるが故に、この交渉は極めて難航している。当事者は否定するのだろうが、切実さが薄い故に交渉が進まない。切実に交渉を進めたいと思っていたのは、実は北海道東部が地盤の鈴木宗男氏だけだったのではないか、とすら思う。
 日本にしても「完全勝利=四島返還以外の結果なら、結果が出ない方がまし」という心情から、スローガン的な返還要求運動にとどまり、交渉そのものに国として外交戦術をどう組んでいくかという検討が、ほとんどなされなかったきらいがある。しかも、問題そのものの存在が広く両国民に知れてしまったが故に、外交交渉が極めてやりにくくなっているという側面すらある。おそらくいま、(日露双方とも)外交当局者はこの”過去の遺産"に相当に苦労しているのだろうが…

 でもどうだろう。中国の強大化が現実のものとなり、朝鮮半島の不安定化も見え始めているいま、残ったアクターはロシアしかない。未来永劫の友好関係はどうなるか分からないにしろ、日露関係の強化は喫緊の課題だ。
 他方で、日本だけが強く要求を続け、交渉では一切譲歩せず完全勝利する、ということも、平和的な交渉ごとで解決しようとする以上、あり得ないと考えるのが自然だ。
 では交渉せず、四島がロシアの実効支配の下にありつづけ、日本とロシアの関係は強化しないこと望ましいか、と考えると、それも現状、あまり得策ではないのは先に述べたとおりだ。

 幸いにしてロシアはトップダウンの国である。外相が何と言おうと、大統領が決断すれば全てが決まる国である(そういう意味で、日本人が好む「草の根交流」という手法には限定的な意味しかないと思っている)。逆に、町村外相には悪いが、小泉首相が動かなければこの交渉、進まないのも事実だ。

 外交交渉の過程が表に出ることはないが、昨年2月のイズベスチヤ紙によるいわゆる択捉島を除いた3島返還論(この記事自体の『日本外務省の委託を受けた研究機関が三島返還の研究を進めている』内容は当事者によって否定されているが)以降、紋切り型の「難航した」「平行線に終わった」というコメントだけが報道されているが、接触自体は営々と続けられ、プーチン大統領の訪日もキャンセルされていない(2005年1月22日現在)。
 水面下で何らかの交渉=妥協点を探る動きが進められているように思えてならない。
 奇しくも外務大臣の町村氏、そして「サプライズ人事」とも言われた自民党幹事長武部勤氏とも、北海道選出。これも偶然か。このように政府・党の要職に北海道選出議員が重複して就いたこともここしばらく記憶にない。
 しかも日朝交渉を進めていた田中均外務審議官=対外交渉上のトップ=も留任。
 (補遺:日本向けロシアパイプライン交渉の責任者、中川昭一経産相も北海道選出でした)
 小泉首相の任期は秋に切れるそうだが、日朝交渉、日中関係が手詰まりの今、秋までに日露関係での何らかのブレークスルーを狙っての体制ではと考えるのは、うがちすぎだろうか。

なお、筆者は日露交渉や外交当局を直接取材する立場になく、また北方領土問題について、特定の解決策を支持するものでもありません。